dialogue.umezu.半魚文庫
ウメズ・ダイアローグ(3)
わたしは真悟
(その2)
樫原かずみと高橋半魚の楳図対談です。この対談は、メールによって行なわれました。対談期間: 2000-05-10〜06-04
2000(C)KASHIHARA Kazumi / TAKAHASHI hangyo
[その1へ][その2へ][その3へ][その4へ][その5へ]
■ プログラム3[意識]
◆ さとるとまりん編のラスト
半魚 ランドセルに入れたラジオから流れる麻丘めぐみや南沙織は、ちょうど『漂流教室』やってたころのヒット曲ですよね。ま、それだけですが。
樫原 そう、「若葉のささやき」や「17才」といったヒットメドレーが流れるわけですが、あれ不思議なものであの歌を知ってる人は、BGMにあれが聞こえてくるから不思議です。(笑)
半魚 ははは。なんか、必死な状態なのにノンキな歌が掛かってるわけですよね。
樫原 これは、いわゆる「アメリカ映画」的ですよね(笑)「悪魔のいけにえ」という映画でノーテンキなカントリーがひたすら恐怖の映像の中で流れてる、というシーンを見てかなりその違和感が、また恐怖をかもし出したのを覚えてます。
半魚 ははーん、なるほど。その映画は知りませんが(すんまへん)、その効果は分かります。
樫原 逆にいえば「17歳」や「若葉のささやき」を聞くとあの東京タワーシーンを思い出してしまうという(笑)
半魚 あはは。
でまあ、30センチ低いわけですが、ランドセルを加えて、トビウツったと。
樫原 あのシーンは克明に描いていてリアルですね、怖いほど・・・。
◆ Apt :1 はじめとおわり
半魚 この扉絵、おろち未来少女バージョンみたいですね。
樫原 あはは!まりんそのものが「おろち」に似てますもんね。ただ、左右の前髪の一部がちょろと長いだけで・・・。
半魚 んーまあ、ちょっとつうか、かなりつうか、違うでしょお。
モンローが意識を持つ。この段階で、目が四角ですね。
樫原 ちょっとここで、面白いのは「漂流教室」にも未来型ロボットでマリリン・モンロー然のロボットが登場して子供を殺しまくるんですよね。モンローに対してかようなイメージがあるんですかねえ?楳図かずおは?
半魚 なんなんですかね。モンロー=ロボット=人殺し、ていう図式じゃ、多分ないと思いますけどねえ。でもまあ、『わたしは真悟』は『漂流教室』のリメイク(というと語弊があるかな)ていうか、裏バージョンというか、ちょうど正反対のようなシンメトリカルなものを感じますねえ。
樫原 うーん、バージョンアップしたような気もしますが・・・。
半魚 あーはい、そうですね。『漂流教室』『わたしは真悟』『14歳』等のいわゆる「終末モノ」は、なにからしらの共通性はありそうですねえ。
樫原 ふと、思ったのが「マリリン・モンロー」=「色香だけでオツムのちょっと弱い女」というイメージでしょ。これを「機械」に置き換えていたりしたのではないでしょうかねえ。
半魚 ふーむ。まずは楳図自身がマリリン・モンローをどう思っているかが、気になります。ファンなのか、嫌いなのか。これに関する発言、見たことないのですけど。ビビアン・リーや原節子等の大女優にしても、そんなにファンてわけではないですよね。松原智恵子は好きだったのかな。
樫原 (笑)松原智恵子!そういえば何となく似てますよね。特に「紅グモ」のチヅ子さん。
半魚 松原千恵子は、楳図作品でも結構出てきますが、マリリン・モンローはどうなんすかね。
樫原 まことちゃんあたりでけっこう出てませんでした?
半魚 んー(考える)、見ないと思い出せんなあ。
モンロー、豊工業の末娘のほっぺたをぶっちぎりますが、こういうところ、残酷さに因果がないですよね。古賀新一風な悪い子だから懲らしめる、みたいなのとは。
樫原 あはは!古賀新一ってそうなんですか?僕はあの人のマンガ読まないから分からないんだけど。
半魚 それはともかく、末娘の包帯姿は、『おろち』「戦闘」の包帯以来の残酷さですね。
樫原 ははは!
半魚 さとるとまりんの別れのシーンは、ふつうのラブコメでもなかなかこれほど上手に、トレンディに(笑)描けない程、うまいと思いますよ。
樫原 そう、「楽しかったわバイバイ」ですもんね。悟も「僕も忘れるから」とか強がってるんですよね。かーわいい(ロビン風に)
半魚 ははは。
ともかく、警視庁での、入り口の壁を背にしての二人の距離が、「哀切」ですなあ。
樫原 うまい描き方ですよね。でもああいうのが当時のトレンディかも(笑)
半魚 当時はどうだったんですかね。僕も青春真っ盛りのはずでしたが、縁がなかったなあ(笑)。
樫原 ははは、僕もです。
◆ Apt :2 メッセージ
半魚 モンローが、意識を持って最初に、モーターを組み立てている自分に気づく、という部分、不思議な感じがよく出てますね。
樫原 確かに。自分を他人事のように見る意識ということ自体がかなり進歩していますよね。でも、すぐに壊される運命にあるんですよね(笑)
半魚 「すぐ壊される」って?しばらく活躍するでしょう?
樫原 ははは、これ言い方がマズいですね。豊工場のおばはんが解体しようとするでしょう?それでです。
半魚 あのおばちゃん、リースのを売ろうとしたりして、ほんとむちゃくちゃな人ですよね。
樫原 もーう、ああいうおばちゃん、どこにでもいません?
半魚 どら屋のおばはんほどには、かわい気もないし、いやーな感じですね。でも、たぶん、楳図先生はああいうキャラクターが好きなんじゃないかと思います。ひねくれてるから(笑)。
樫原 ははは、生活力旺盛なだけな「おばはん」ですね(笑)僕もあの「女」から「おばはん」になる過程を描こうとしたとんでもない作品があります(笑)
半魚 それ、見せてくださいよ。
樫原 ラフスケッチの段階ですがそれでよければ・・・。(恥)「さいもんふみ(弘兼のワイフ)」風ですよ(笑)
半魚 柴門ふみは、むかし(笑)好きだった。
意識をもって最初に知る言葉が「コワス」だというのは、象徴的かも知れませんね。
樫原 「神的」ですよね(笑)
半魚 破壊神かな(笑)。
樫原 あはは。
半魚 東京タワーの部分で、かなり盛上がりましたが、これがやっと序章が終ったばかりだったんだ、と気づく構造になってるのですね。先は、長いです(笑)。
樫原 あれで、終わってもリッパな終わり方ですよね(笑)
半魚 なるほど。少年と少女が、自身の子どもを棄てる、というテーマだけなら、あれで十分なんですね。
樫原 ただ、シンゴは活躍しないけど・・・。
半魚 あはは、そりゃそうだ。
「アイガハヤルト……ガチカイ」が出てきますね。
樫原 僕、ふと思ったんですがこれアナグラムっぽくありません?
半魚 ふむふむ。ぽいといわれるとぽいが、では、どうなの?
樫原 何度か考えたんですが・・・イガイトカチガアル、ヤハ!(ヤハ!は笑い声)うーん、苦しいっスね〜。(笑)
半魚 うーん(笑)。アイトハカイガ、チルガヤ(ガヤは越後方言)。いみふめー(笑)。
樫原 ははは!(大爆笑)。ちなみに「チル」は「散る」って意味ですか?
半魚 一応そのつもり、ていうよりそれしか作れなかっただけです。
「コワス」の次に、モンローが自覚した言葉は、「マリン、ボクハイマモキミヲアイシテイマス」ですね。さとるは、忘れると言ったり忘れられなかったり、ですね。
樫原 ははは!僕はこれ「恋愛」というものの正体を如実に表しているなあ、と思ってました。(悟の立場からですが)とかく忘れたふりを装いながらも好きなコのことは本当は忘れられるものじゃあないいですよね、男ってヤツぁ(笑)。別れたとかいいながらも 言い寄ってくれば、また情にほだされる「男」の恋愛感情(優柔不断とも言う?)をよく分かってると思いますねえ。
半魚 このへん、きちんとふつーの男女の役割分担が与えられてますねえ。
まりんのほうも、「たのしかったわバイバイ」ではあるけど、あとで精神に来てしまう(笑)。
樫原 記憶喪失になったりして・・・でもこれはロビンがかなり悪さしてますよね。あのときロビンがまりんに「チュウ」をせがまなければこの話は別の展開をしていたのですね・・・・。
半魚 ああ、そうか。でも、ロビンの「チュウ」は、契機に過ぎないのではないですかね。
樫原 遅かれ早かれ何かがきっかけになったかもしれないってことですね。でも、ロビンが医者に「チュウくらいで記憶がなくなるもんですか?」なんて質問するあたり「子供」っぽいですよね(笑)
半魚 この段階では、ロビンは、まだ救いようがある人間みたいにも見えますね。
樫原 だんだん露悪化していく・・・というより彼は当時の時代をまんま反映したキャラですね(笑)日本人キライ!エゴイスト!
半魚 ところで、「マリンボクハイマモキミヲアイシテイマス」ですが、モンロー(=シンゴ)がさとるをほんとうに見たたった一回なのですね。
樫原 さとるがしみじみと、「おまえが本当の友達だった」なんて言うんですよね。楳図かずおの語る少年の孤独感というのは、何度見ても泣かされますね。
半魚 ここは、いいシーンですよねえ。「少年の孤独感」ですねえ。
樫原 あの時点で「さとる」はある意味「自分の子供」と決別してますよねえ。
半魚 ある意味、そうでしょうね。ほんとに決別するのはラストシーンでしょうが、本人の自覚的な行動としては、このシーンのほうが論理的ですね。まりんの遺品(?。ミニーマウスのハンカチとか)をドブに捨てるが、まだ気持ちが揺らいでいる。これをきっちりとコトバにすることに依ってこそ、逆に内面のもやもやがカタチとなって顕在化する。それが決別にもなるのですね。決別とは、内面化されていたものを疎外化(対象化)することですからね。
モンローが、自分で自分のネジを外しはじめる。こわい(笑)。
樫原 もう、奇蹟の起こりっぱなしですよね、真悟には。
半魚 まあ、その奇跡も、順を追って進化していってるわけなので、よしとしましょう(笑)。
樫原 ははは。
◆ Apt :3 ネジ
半魚 この段階では、まだ、電源がないと動かないという段階ですね。
樫原 そうですね。この後で奇蹟が起こる。
半魚 バッテリーについては、ちょっとあちこちで齟齬してますね。
樫原 まあ、意志が働いてるってことですべて片付けられそうですが・・・。
半魚 だはは。まあ、そりゃ、そうなんですけどね。
モンローが犬(エス)を殺してしまいますが、これを「コワス」と理解するのは、子供が「エスが壊れた」と言ったわけではないですよね。子供たちも「エスが殺された!!」と言ってるわけで、ここ、「壊れるのと死ぬのは別だぜ」と奇妙に思ってしまうところですけど、モンローは「死/殺」も含めて、「コワス/コワレル」と理解しているのですよ。人間を理解しつつも、しかし結局、力の入れ加減が分からない存在なのですよ。
樫原 仮面ライダーや!(笑)うーん、「殺す」と「壊れる」かぁ・・・。幾分アナーキーな存在ですねえ(笑)慎吾って・・・。この時点では。
半魚 いやいや、最後までアナーキーですよ(笑)。科学ってのは、バケモノと同様にアナーキーなんですよ(わはは)。
◆ Apt :4 盗難
半魚 焦げたマリリン・モンローの看板をしょって這いずるモンロー(=シンゴ)は、ちょっと滑稽なくらいに恐いですね。この恐さ(前から言ってますが)は、通常は感情移入しにくい、非人間型ロボットという面に有ると思うなあ。
樫原 つくづく、思うんですがこれもある意味で常識を覆してますよね。楳図かずおってマンガにありがちなことはあえてやらずに、タブー視されてるものをどんどん取り入れちゃう・・・。そんな人ですよね。貸し本時代の思想が、今、規制の緩和された青年誌に置き換えられてるかのようです。
半魚 ていうか、貸本時代の作品も、絵柄はだいぶ違うけど、かなり過激で先鋭的な発想が多いですもんね。「ばけもの」とか、すごいですよ。人間には理解出来ない存在とか、実に哲学的なテーマですよ。
樫原 当時の少年モノなんかでは「難しすぎる」でダメだったのでしょうが、今はそれくらいの「哲学」ないと掲載されませんもんねー。いやー実にいい時代になったと思います。(そういう意味では)
半魚 いや、でも、九十年代に入ってからは、また幼稚になりつつありませんかね、全般的に。
樫原 ははは、そうですか?僕はどうも映画界もその傾向が強いような気がします。いわゆる「勧善懲悪」の風潮が強くなってきているような・・・。それを単純に描くことで評価を受けるような?「タイタニック」なんて典型的だと思うのですが・・・。
半魚 「タイタニック」みてない(笑)。ああいう下らないハリウッド映画は、どの時代にもあったんじゃないですか(笑)。
樫原 いやー、あのテの作品がアカデミーで「賞」を取ったことが世の中というか映画界もずいぶん変わったんだなあ、と思いましたね。確かに感動もするし、泣かせもするけど、と思ったのは事実。
半魚 ふむふむ。
樫原 ただ、これはマンガの世界にも言えることだと思うんですが、技術力だけを駆使しても、所詮はその場止まりの作品に過ぎないんですよね。(すげー!おもしれー!これ!だけ)もっともっと内面を抉るような作品を描く(または表現)する力をつけた方が活性化すると思うんですけどね。(と、つくづく思う樫原でした)
半魚 たとえば弘兼とか、パースのきちっとした絵は描くけど、だからどうしたって感じだし、ストーリー的には、あの程度で「人間を洞察」ふうなえらそうな事をいうな、と思いますね(笑)。
樫原 ははは、弘兼先生に対してはあまりよい印象がないようで・・・。
ああ、ここでまたまた「漂流教室」のモンローちゃんですが、あれも途中でぐちゃぐちゃになっておぞましい姿になりますよねえ。今だったら、ロボットのくせにやに有機的なのが不本意ですが、この焼き直しも兼ねて慎吾の場合は見事に成功してると思います。(しかし、当時はこのシーンがかなり強烈でしたねえ・・・「漂流教室」)
半魚 『漂流教室』だと、そのあとのコンピュータが、また逆に、実にそれっぽい(笑)ですよね。
樫原 「え〜、小麦粉200グラム、砂糖を少々・・・」(笑)
半魚 あはは。「さよならさよならさよなら……」って、淀長になるんだよね。
樫原 (大爆笑)一つ目のコンピューター、さよなら!
半魚 停電用バッテリーが6時間分あるみたいですね。
樫原 ほうほう・・・。そんな事実があったとは・・・!
◆ Apt :5 電話
半魚 親父は職さがししてるけど、ママさんは引越しの準備はじめてますね。離婚かな、って思わせる部分。
樫原 これは、奥さんは旦那にかなり愛想尽かしてますよねえ。というか、かなり現実主義ちゅうか、冷たいちゅうか・・・。昔の楳図の女性のイメージを払拭してますよねえ。勇パパもやっと就職見つかったというのに・・・。
半魚 家族崩壊ってのは、80年代のテーマの一つでは有りましたね。「おろち」の頃の相克としての家族じゃなくて、ほーんと、バラバラな家族像。
樫原 鋭く風刺もしているわけですね?
半魚 そうですね。昔の女性像は、強烈なモノはウチに秘めてるパターンが多かったかな。やんちゃな女の子も、いっぱいいましたけどね。
樫原 でも、おかあさんそんなに金貯めて何を企んでいるの?
半魚 ははは。いやあ、たんに「生活」でしょう。
樫原 うーん、神の見えざる力か?
半魚 凡人のよく見える現実、では(笑)。
樫原 お父さんもヒモみたいな生活しないで、ちゃんと新潟で働けばいいのに・・・。(すみません。おばちゃんみたいな老婆心)
半魚 あはは。でも、当時、不景気だったんですよ。
樫原 うーん、これも神の見えざる・・・。
半魚 ともかく、僕は、さとるの子どもの問題と、家族の破綻(ってほどでもないかもしれないが)とは、直接関係無いと思うのですけどねえ。
樫原 いえいえ〜、新潟に引っ越すという事実から、もしかすると綿密に練られた計画だったのでは?お父さんが「豊工場」をクビになる、トモダチのススメで新潟に水商売に入ってしまうおかあさん・・・。
これら全てがある「意図」の目的で行われたことなのでは?
と今思っているのですよ。そうなるとあのアパートでの謎の人影も佐渡島へ不良少年達の存在もすべて分かるような気もするのです。
半魚 うん。天国に行ったさんちゃんも、一応、それにちかい情報を持っていますね。そうか、そういう意味での「神の見えざる……」を仰しゃっていたのですね。
樫原 それが「日本人の意識」なのかどうかはまた疑問ですが・・・。(笑)
半魚 ともかく、新潟県人として、舞台が移って嬉しいなあ。
樫原 え?半魚さん新潟出身なんですか??
半魚 ああ、そうですよ。そうです、そうです。
樫原 ああ、それで・・・なんだ。(笑)
半魚 引きずったあとがぷっつりとぎれている、なんて部分が推理小説仕立てというか(まあ、答えはミエミエですけど)、いいですね。
樫原 あはは!
◆ Apt :6 夕焼け
半魚 イギリスと日本とで時差があることを、まりんは分かってるけど、さとるは分かってないんですね(笑)。
樫原 うーん、あはは。子供らしいといえば子供らしいトコですよね。
半魚 一応教育的配慮として、まりんがすぐに正解を述べていますが(笑)、あとあとまでもしずかちゃんなどは、間違った発言が多いですよね。
樫原 子供らしさを強調してますよね。これも伏線?
半魚 伏線というのか、シンゴという現象を後々しずかちゃんはしずかちゃんなりに解釈するのですけど、しずかちゃんの解釈でしかないものとして描かれてますよね。絶対的に正確なシンゴ像というものはだれも結び得なかった、という設定になってますよね。
樫原 そうですね、このあたりの「真悟」と関わった人々の「証言」だけを集めるとまた違った意味での「真悟」像が出来るのかもしれないですね。
半魚 ていうか、本作の醍醐味は、シンゴという現象はそういう複数の像の集積に過ぎず、「ほんとうのシンゴ」を誰も知らない、というところにあると思います。だれもシンゴを分からなかった、という孤独ですよ。
樫原 ある意味、「人間」そのものの「存在理由」を問うような感じですよね。