dialogue.umezu.半魚文庫

ウメズ・ダイアローグ(3)

わたしは真悟
(その2)


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樫原かずみと高橋半魚の楳図対談です。この対談は、メールによって行なわれました。

対談期間: 2000-05-10〜06-04
2000(C)KASHIHARA Kazumi / TAKAHASHI hangyo
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■ プログラム3[意識]


◆ さとるとまりん編のラスト

半魚 ランドセルに入れたラジオから流れる麻丘めぐみや南沙織は、ちょうど『漂流教室』やってたころのヒット曲ですよね。ま、それだけですが。

樫原 そう、「若葉のささやき」や「17才」といったヒットメドレーが流れるわけですが、あれ不思議なものであの歌を知ってる人は、BGMにあれが聞こえてくるから不思議です。(笑)

半魚 ははは。なんか、必死な状態なのにノンキな歌が掛かってるわけですよね。

樫原 これは、いわゆる「アメリカ映画」的ですよね(笑)「悪魔のいけにえ」という映画でノーテンキなカントリーがひたすら恐怖の映像の中で流れてる、というシーンを見てかなりその違和感が、また恐怖をかもし出したのを覚えてます。

半魚 ははーん、なるほど。その映画は知りませんが(すんまへん)、その効果は分かります。

樫原 逆にいえば「17歳」や「若葉のささやき」を聞くとあの東京タワーシーンを思い出してしまうという(笑)

半魚 あはは。

 でまあ、30センチ低いわけですが、ランドセルを加えて、トビウツったと。

樫原 あのシーンは克明に描いていてリアルですね、怖いほど・・・。

◆ Apt :1 はじめとおわり

半魚 この扉絵、おろち未来少女バージョンみたいですね。

樫原 あはは!まりんそのものが「おろち」に似てますもんね。ただ、左右の前髪の一部がちょろと長いだけで・・・。

半魚 んーまあ、ちょっとつうか、かなりつうか、違うでしょお。

 モンローが意識を持つ。この段階で、目が四角ですね。

樫原 ちょっとここで、面白いのは「漂流教室」にも未来型ロボットでマリリン・モンロー然のロボットが登場して子供を殺しまくるんですよね。モンローに対してかようなイメージがあるんですかねえ?楳図かずおは?

半魚 なんなんですかね。モンロー=ロボット=人殺し、ていう図式じゃ、多分ないと思いますけどねえ。でもまあ、『わたしは真悟』は『漂流教室』のリメイク(というと語弊があるかな)ていうか、裏バージョンというか、ちょうど正反対のようなシンメトリカルなものを感じますねえ。

樫原 うーん、バージョンアップしたような気もしますが・・・。

半魚 あーはい、そうですね。『漂流教室』『わたしは真悟』『14歳』等のいわゆる「終末モノ」は、なにからしらの共通性はありそうですねえ。

樫原 ふと、思ったのが「マリリン・モンロー」=「色香だけでオツムのちょっと弱い女」というイメージでしょ。これを「機械」に置き換えていたりしたのではないでしょうかねえ。

半魚 ふーむ。まずは楳図自身がマリリン・モンローをどう思っているかが、気になります。ファンなのか、嫌いなのか。これに関する発言、見たことないのですけど。ビビアン・リーや原節子等の大女優にしても、そんなにファンてわけではないですよね。松原智恵子は好きだったのかな。

樫原 (笑)松原智恵子!そういえば何となく似てますよね。特に「紅グモ」のチヅ子さん。

半魚 松原千恵子は、楳図作品でも結構出てきますが、マリリン・モンローはどうなんすかね。

樫原 まことちゃんあたりでけっこう出てませんでした?

半魚 んー(考える)、見ないと思い出せんなあ。

 モンロー、豊工業の末娘のほっぺたをぶっちぎりますが、こういうところ、残酷さに因果がないですよね。古賀新一風な悪い子だから懲らしめる、みたいなのとは。

樫原 あはは!古賀新一ってそうなんですか?僕はあの人のマンガ読まないから分からないんだけど。

半魚 それはともかく、末娘の包帯姿は、『おろち』「戦闘」の包帯以来の残酷さですね。

樫原 ははは!

半魚 さとるとまりんの別れのシーンは、ふつうのラブコメでもなかなかこれほど上手に、トレンディに(笑)描けない程、うまいと思いますよ。

樫原 そう、「楽しかったわバイバイ」ですもんね。悟も「僕も忘れるから」とか強がってるんですよね。かーわいい(ロビン風に)

半魚 ははは。

 ともかく、警視庁での、入り口の壁を背にしての二人の距離が、「哀切」ですなあ。

樫原 うまい描き方ですよね。でもああいうのが当時のトレンディかも(笑)

半魚 当時はどうだったんですかね。僕も青春真っ盛りのはずでしたが、縁がなかったなあ(笑)。

樫原 ははは、僕もです。

◆ Apt :2 メッセージ

半魚 モンローが、意識を持って最初に、モーターを組み立てている自分に気づく、という部分、不思議な感じがよく出てますね。

樫原 確かに。自分を他人事のように見る意識ということ自体がかなり進歩していますよね。でも、すぐに壊される運命にあるんですよね(笑)

半魚 「すぐ壊される」って?しばらく活躍するでしょう?

樫原 ははは、これ言い方がマズいですね。豊工場のおばはんが解体しようとするでしょう?それでです。

半魚 あのおばちゃん、リースのを売ろうとしたりして、ほんとむちゃくちゃな人ですよね。

樫原 もーう、ああいうおばちゃん、どこにでもいません?

半魚 どら屋のおばはんほどには、かわい気もないし、いやーな感じですね。でも、たぶん、楳図先生はああいうキャラクターが好きなんじゃないかと思います。ひねくれてるから(笑)。

樫原 ははは、生活力旺盛なだけな「おばはん」ですね(笑)僕もあの「女」から「おばはん」になる過程を描こうとしたとんでもない作品があります(笑)

半魚 それ、見せてくださいよ。

樫原 ラフスケッチの段階ですがそれでよければ・・・。(恥)「さいもんふみ(弘兼のワイフ)」風ですよ(笑)

半魚 柴門ふみは、むかし(笑)好きだった。

意識をもって最初に知る言葉が「コワス」だというのは、象徴的かも知れませんね。

樫原 「神的」ですよね(笑)

半魚 破壊神かな(笑)。

樫原 あはは。

半魚 東京タワーの部分で、かなり盛上がりましたが、これがやっと序章が終ったばかりだったんだ、と気づく構造になってるのですね。先は、長いです(笑)。

樫原 あれで、終わってもリッパな終わり方ですよね(笑)

半魚 なるほど。少年と少女が、自身の子どもを棄てる、というテーマだけなら、あれで十分なんですね。

樫原 ただ、シンゴは活躍しないけど・・・。

半魚 あはは、そりゃそうだ。

 「アイガハヤルト……ガチカイ」が出てきますね。

樫原 僕、ふと思ったんですがこれアナグラムっぽくありません?

半魚 ふむふむ。ぽいといわれるとぽいが、では、どうなの?

樫原 何度か考えたんですが・・・イガイトカチガアル、ヤハ!(ヤハ!は笑い声)うーん、苦しいっスね〜。(笑)

半魚 うーん(笑)。アイトハカイガ、チルガヤ(ガヤは越後方言)。いみふめー(笑)。

樫原 ははは!(大爆笑)。ちなみに「チル」は「散る」って意味ですか?

半魚 一応そのつもり、ていうよりそれしか作れなかっただけです。

 「コワス」の次に、モンローが自覚した言葉は、「マリン、ボクハイマモキミヲアイシテイマス」ですね。さとるは、忘れると言ったり忘れられなかったり、ですね。

樫原 ははは!僕はこれ「恋愛」というものの正体を如実に表しているなあ、と思ってました。(悟の立場からですが)とかく忘れたふりを装いながらも好きなコのことは本当は忘れられるものじゃあないいですよね、男ってヤツぁ(笑)。別れたとかいいながらも 言い寄ってくれば、また情にほだされる「男」の恋愛感情(優柔不断とも言う?)をよく分かってると思いますねえ。

半魚 このへん、きちんとふつーの男女の役割分担が与えられてますねえ。

 まりんのほうも、「たのしかったわバイバイ」ではあるけど、あとで精神に来てしまう(笑)。

樫原 記憶喪失になったりして・・・でもこれはロビンがかなり悪さしてますよね。あのときロビンがまりんに「チュウ」をせがまなければこの話は別の展開をしていたのですね・・・・。

半魚 ああ、そうか。でも、ロビンの「チュウ」は、契機に過ぎないのではないですかね。

樫原 遅かれ早かれ何かがきっかけになったかもしれないってことですね。でも、ロビンが医者に「チュウくらいで記憶がなくなるもんですか?」なんて質問するあたり「子供」っぽいですよね(笑)

半魚 この段階では、ロビンは、まだ救いようがある人間みたいにも見えますね。

樫原 だんだん露悪化していく・・・というより彼は当時の時代をまんま反映したキャラですね(笑)日本人キライ!エゴイスト!

半魚 ところで、「マリンボクハイマモキミヲアイシテイマス」ですが、モンロー(=シンゴ)がさとるをほんとうに見たたった一回なのですね。

樫原 さとるがしみじみと、「おまえが本当の友達だった」なんて言うんですよね。楳図かずおの語る少年の孤独感というのは、何度見ても泣かされますね。

半魚 ここは、いいシーンですよねえ。「少年の孤独感」ですねえ。

樫原 あの時点で「さとる」はある意味「自分の子供」と決別してますよねえ。

半魚 ある意味、そうでしょうね。ほんとに決別するのはラストシーンでしょうが、本人の自覚的な行動としては、このシーンのほうが論理的ですね。まりんの遺品(?。ミニーマウスのハンカチとか)をドブに捨てるが、まだ気持ちが揺らいでいる。これをきっちりとコトバにすることに依ってこそ、逆に内面のもやもやがカタチとなって顕在化する。それが決別にもなるのですね。決別とは、内面化されていたものを疎外化(対象化)することですからね。

 モンローが、自分で自分のネジを外しはじめる。こわい(笑)。

樫原 もう、奇蹟の起こりっぱなしですよね、真悟には。

半魚 まあ、その奇跡も、順を追って進化していってるわけなので、よしとしましょう(笑)。

樫原 ははは。

◆ Apt :3 ネジ

半魚 この段階では、まだ、電源がないと動かないという段階ですね。

樫原 そうですね。この後で奇蹟が起こる。

半魚 バッテリーについては、ちょっとあちこちで齟齬してますね。

樫原 まあ、意志が働いてるってことですべて片付けられそうですが・・・。

半魚 だはは。まあ、そりゃ、そうなんですけどね。

 モンローが犬(エス)を殺してしまいますが、これを「コワス」と理解するのは、子供が「エスが壊れた」と言ったわけではないですよね。子供たちも「エスが殺された!!」と言ってるわけで、ここ、「壊れるのと死ぬのは別だぜ」と奇妙に思ってしまうところですけど、モンローは「死/殺」も含めて、「コワス/コワレル」と理解しているのですよ。人間を理解しつつも、しかし結局、力の入れ加減が分からない存在なのですよ。

樫原 仮面ライダーや!(笑)うーん、「殺す」と「壊れる」かぁ・・・。幾分アナーキーな存在ですねえ(笑)慎吾って・・・。この時点では。

半魚 いやいや、最後までアナーキーですよ(笑)。科学ってのは、バケモノと同様にアナーキーなんですよ(わはは)。

◆ Apt :4 盗難

半魚 焦げたマリリン・モンローの看板をしょって這いずるモンロー(=シンゴ)は、ちょっと滑稽なくらいに恐いですね。この恐さ(前から言ってますが)は、通常は感情移入しにくい、非人間型ロボットという面に有ると思うなあ。

樫原 つくづく、思うんですがこれもある意味で常識を覆してますよね。楳図かずおってマンガにありがちなことはあえてやらずに、タブー視されてるものをどんどん取り入れちゃう・・・。そんな人ですよね。貸し本時代の思想が、今、規制の緩和された青年誌に置き換えられてるかのようです。

半魚 ていうか、貸本時代の作品も、絵柄はだいぶ違うけど、かなり過激で先鋭的な発想が多いですもんね。「ばけもの」とか、すごいですよ。人間には理解出来ない存在とか、実に哲学的なテーマですよ。

樫原 当時の少年モノなんかでは「難しすぎる」でダメだったのでしょうが、今はそれくらいの「哲学」ないと掲載されませんもんねー。いやー実にいい時代になったと思います。(そういう意味では)

半魚 いや、でも、九十年代に入ってからは、また幼稚になりつつありませんかね、全般的に。

樫原 ははは、そうですか?僕はどうも映画界もその傾向が強いような気がします。いわゆる「勧善懲悪」の風潮が強くなってきているような・・・。それを単純に描くことで評価を受けるような?「タイタニック」なんて典型的だと思うのですが・・・。

半魚 「タイタニック」みてない(笑)。ああいう下らないハリウッド映画は、どの時代にもあったんじゃないですか(笑)。

樫原 いやー、あのテの作品がアカデミーで「賞」を取ったことが世の中というか映画界もずいぶん変わったんだなあ、と思いましたね。確かに感動もするし、泣かせもするけど、と思ったのは事実。

半魚 ふむふむ。

樫原 ただ、これはマンガの世界にも言えることだと思うんですが、技術力だけを駆使しても、所詮はその場止まりの作品に過ぎないんですよね。(すげー!おもしれー!これ!だけ)もっともっと内面を抉るような作品を描く(または表現)する力をつけた方が活性化すると思うんですけどね。(と、つくづく思う樫原でした)

半魚 たとえば弘兼とか、パースのきちっとした絵は描くけど、だからどうしたって感じだし、ストーリー的には、あの程度で「人間を洞察」ふうなえらそうな事をいうな、と思いますね(笑)。

樫原 ははは、弘兼先生に対してはあまりよい印象がないようで・・・。

 ああ、ここでまたまた「漂流教室」のモンローちゃんですが、あれも途中でぐちゃぐちゃになっておぞましい姿になりますよねえ。今だったら、ロボットのくせにやに有機的なのが不本意ですが、この焼き直しも兼ねて慎吾の場合は見事に成功してると思います。(しかし、当時はこのシーンがかなり強烈でしたねえ・・・「漂流教室」)

半魚 『漂流教室』だと、そのあとのコンピュータが、また逆に、実にそれっぽい(笑)ですよね。

樫原 「え〜、小麦粉200グラム、砂糖を少々・・・」(笑)

半魚 あはは。「さよならさよならさよなら……」って、淀長になるんだよね。

樫原 (大爆笑)一つ目のコンピューター、さよなら!

半魚 停電用バッテリーが6時間分あるみたいですね。

樫原 ほうほう・・・。そんな事実があったとは・・・!

◆ Apt :5 電話

半魚 親父は職さがししてるけど、ママさんは引越しの準備はじめてますね。離婚かな、って思わせる部分。

樫原 これは、奥さんは旦那にかなり愛想尽かしてますよねえ。というか、かなり現実主義ちゅうか、冷たいちゅうか・・・。昔の楳図の女性のイメージを払拭してますよねえ。勇パパもやっと就職見つかったというのに・・・。

半魚 家族崩壊ってのは、80年代のテーマの一つでは有りましたね。「おろち」の頃の相克としての家族じゃなくて、ほーんと、バラバラな家族像。

樫原 鋭く風刺もしているわけですね?

半魚 そうですね。昔の女性像は、強烈なモノはウチに秘めてるパターンが多かったかな。やんちゃな女の子も、いっぱいいましたけどね。

樫原 でも、おかあさんそんなに金貯めて何を企んでいるの?

半魚 ははは。いやあ、たんに「生活」でしょう。

樫原 うーん、神の見えざる力か?

半魚 凡人のよく見える現実、では(笑)。

樫原 お父さんもヒモみたいな生活しないで、ちゃんと新潟で働けばいいのに・・・。(すみません。おばちゃんみたいな老婆心)

半魚 あはは。でも、当時、不景気だったんですよ。

樫原 うーん、これも神の見えざる・・・。

半魚  ともかく、僕は、さとるの子どもの問題と、家族の破綻(ってほどでもないかもしれないが)とは、直接関係無いと思うのですけどねえ。

樫原 いえいえ〜、新潟に引っ越すという事実から、もしかすると綿密に練られた計画だったのでは?お父さんが「豊工場」をクビになる、トモダチのススメで新潟に水商売に入ってしまうおかあさん・・・。

これら全てがある「意図」の目的で行われたことなのでは?

と今思っているのですよ。

 そうなるとあのアパートでの謎の人影も佐渡島へ不良少年達の存在もすべて分かるような気もするのです。

半魚 うん。天国に行ったさんちゃんも、一応、それにちかい情報を持っていますね。そうか、そういう意味での「神の見えざる……」を仰しゃっていたのですね。

樫原 それが「日本人の意識」なのかどうかはまた疑問ですが・・・。(笑)

半魚 ともかく、新潟県人として、舞台が移って嬉しいなあ。

樫原 え?半魚さん新潟出身なんですか??

半魚 ああ、そうですよ。そうです、そうです。

樫原 ああ、それで・・・なんだ。(笑)

半魚 引きずったあとがぷっつりとぎれている、なんて部分が推理小説仕立てというか(まあ、答えはミエミエですけど)、いいですね。

樫原 あはは!

◆ Apt :6 夕焼け

半魚 イギリスと日本とで時差があることを、まりんは分かってるけど、さとるは分かってないんですね(笑)。

樫原 うーん、あはは。子供らしいといえば子供らしいトコですよね。

半魚 一応教育的配慮として、まりんがすぐに正解を述べていますが(笑)、あとあとまでもしずかちゃんなどは、間違った発言が多いですよね。

樫原 子供らしさを強調してますよね。これも伏線?

半魚 伏線というのか、シンゴという現象を後々しずかちゃんはしずかちゃんなりに解釈するのですけど、しずかちゃんの解釈でしかないものとして描かれてますよね。絶対的に正確なシンゴ像というものはだれも結び得なかった、という設定になってますよね。

樫原 そうですね、このあたりの「真悟」と関わった人々の「証言」だけを集めるとまた違った意味での「真悟」像が出来るのかもしれないですね。

半魚 ていうか、本作の醍醐味は、シンゴという現象はそういう複数の像の集積に過ぎず、「ほんとうのシンゴ」を誰も知らない、というところにあると思います。だれもシンゴを分からなかった、という孤独ですよ。

樫原 ある意味、「人間」そのものの「存在理由」を問うような感じですよね。

半魚 そうですね。楳図作品は、特定の人物の「生」を特別視するようなドラマの盛り上げ方をしませんね。

樫原 そう、平気で殺したりしますよね。これもタブーの打ち破りでしょうね。僕も、どんどん殺さなきゃ!(笑)

半魚 はは。タブーと言っても、社会的タブーというより、ドラマツルギーのタブーですよね。『宇宙戦艦ヤマト』みたいな特攻隊式な感動の、ふつーのドラマを打ち破ってますよ。

樫原 確かに(笑)

結局、真悟と関わりあってるのは何人なんですかね?

半魚 んー、これ、きちんと登場人物一覧を作らないといけませんね。

樫原 僕も作ってみよう(笑)。

半魚 まりんの思い出を捨てるシーンは、じーんとくるところです。

樫原 マンホールに捨てるシーンですね。忘れたくても忘れられない・・・そんな心の寂しさが伝わるシーンですよね。

半魚 その寂しさを、勢いだけでふりきろうとするような。それで、絵としてのアングルも上手いですね(って、ああしか描けないかな)。

樫原 あれは、久々に見る「楳図」らしい描き方だなあ、と思いました。

 しずかちゃんは、ちょっとやかましいけど・・・。

半魚 あはは。

 それで、このシーン以後、悟は新潟まで出番が無いですね。

樫原 回想シーンに出るくらいですかね?

半魚 むかし『新八犬伝』ってのがあって、複数の人物たちが、それぞれの舞台で群像劇を繰り広げるわけです。そして、坂本九が「久方振りの登場は、犬塚信乃!」などと言うのですが、『真悟』も、そんな感じの、複数の主人公たちによる、複数の舞台から成る物語なんだなあと思いました。

樫原 長編になるほどその必要があるんですよね。でもこれをひとつにつなぐという手法は一苦労でしょうねえ。楳図先生、「わたしは真悟」と「14歳」で見事につなげましたよねえ。

半魚 社会派ミステリーですね。

樫原 はは、はい。パラレルワールドの集結。

◆ Apt :7 破片

半魚 ロビン登場ですね。ロビンと握手した瞬間に、まりんは悪意のようなものを感じてるんですね。

樫原 これは、「ヘビ少女」以来ですね。手を握ったらとても冷たかった・・・。=悪意踏襲してると言った方がいいかもしれませんね。

半魚 そっか、ロビンはヘビか。先日、LP『闇のアルバム』の「ヘビ少女」の歌詞、一番だけですが見つけました。引用します。

 へび少女
人など好きになったから
お前今日から へび少女
人など好きになったから
お前今日から大人だよ
誰も心に へびを一匹飼っていて
そいつが眼を覚ます
何も知らずにいればよかった
呪う心も知らずにすんだのに
お前今日から一人だよ
河をわたって行くのかよ
たった一人で行くのかよ
せめてお守りもっていけよ

 単に恐怖の対象ではなくて、感情移入する視点でヘビを歌ってました。ロビンも、そういう存在に近いですよ。

樫原 ここで、ロビン=スネークという図式が・・・(笑)

半魚 ああ、ほんと、ほんと。以前、そう仰しゃってましたよね。スネーク(『ガモラ』)ですね、ロビンの情熱と悪意は、彼にとっても不幸な運命であるまりんとの出合いによって生じたものですね。

樫原 うーん、うまい表現ですね。

 今、ふと思いついたんですがこれ二人とも「外人」ですよね。戦争を体験した楳図先生などは「外人」を「異質」な存在として捕らえていたのではないだろうか?

半魚 ラーラとかね。

樫原 すいません、これは誰でしたっけ?「14歳」でしたっけ?

半魚 まことちゃんですよ。あ、ごめんなさい。

樫原 うーん、何となく記憶があるんですが・・・。

 それが「異質」=「ヘビ女(もしくはその系統の「バケモノ」)と重なってそういう発想が生まれたのでは?と思うのはあまりにも突飛でしょうか?

半魚 楳図は言ってますよね。へび少女の頃は、恐怖は外からやってくると思っていた。おろちのころは、人の心が恐怖だった。真悟以降は、自分そのものが恐怖なんだ、って。これは、楳図の他者(=異質)観の変遷と言っても良いですよね。

樫原 なーるほど、じゃ僕の意見は当たらずと雖も遠からずだったんですね?

半魚 いえいえ、そのままですよ。

樫原 (笑)

半魚 ガラスの割れるシーン、コマの移り方とか、最高ですね。

樫原 あの、緻密な描写・・・惚れ惚れします・・・。どれくらいの時間かけて描いてるんだろう・・・。心象としてのまりんの暗闇は、いったい何だったのだろう?とか想像をむやみと掻き立てるシーンですね。

半魚 なるほど、なるほど。「心象としてのまりんの暗闇」ですねえ。

樫原 大人になんかなりたくない!いった部分と何%かの憧れが葛藤していたのかも・・・。

半魚 で、さっきの「ロビンのチュウ」ですが。「日本にも友達はいない」と言い切り、「忘れるわ」とさとるに言った自分を思い出す。それが原因で、無理矢理記憶喪失になってしまうのでしょう?

樫原 うーん、この辺の心理描写は実に面白いですね。

◆ Apt :8 記憶喪失

半魚 さとるの家の中に居た人は?(初めて気づいた)

樫原 えっ?

半魚 いますよ、いますよ。

樫原 ほんとだ〜(笑)新潟での伏線にかませる予定だったのかな?それとも、単なるどろぼう!?

半魚 それとも、単なる不動産屋か(笑)。

樫原 (にやり)

半魚 なにが、「にやり」なんですか(笑)。

樫原 いや、それは後々までの切り札で・・・。(笑)

半魚 冗談はともかく、すでにイギリスでは日本ボイコットも始っていて、「日本人の意識」がここで伏線として出ているのですかね。

樫原 出てますねー。当時アメリカではかなりひどかったですもんね。日本パッシング。

◆ Apt :9 ゴミ捨て場

半魚 コワレた目玉を、元にもどそうとしますね。このあたり、キカイと生命体の差異が分かってないわけですよね。

樫原 楳図の残酷シーン満載で、この個所好きです(笑)

半魚 雨も降ってますしねえ。

樫原 楳図=雨という図式は免れませんねえ・・・(笑)「底のない町」の影響からか〜?

半魚 雨は、『ウメカニズム』で荒俣がそう書いていて、やられたぜと思いました。

樫原 ははは!僕楳図の絵柄っていうのはやはり「森のじめじめした」吸湿感を感じるんですよね。それは「雨」という感じではなく、いやに閉めつけるような湿度

半魚 ああ、そうか。じめじめ感ですね。

樫原 それでいて何となく安心していられるような・・・「子宮」の中にいるような感覚ですか?

半魚 そこまで言いますかねえ(笑)。樫原さんだ。

◆ Apt :10 新しい隣人

半魚 モンローは、ゴミ捨て車(普通の清掃車とは違いますね)に乗ってったんですね。

樫原 えっ?これも確認だー。海を渡って、地下下水道から出てきたみたいですよね。(笑)ゴミ捨て車は、モンローの位置が変だと言ってるだけみたい・・・。

半魚 (僕の発言は、豊工業からゴミ捨て車に乗って夢の島まで行った、という意味です。)

樫原 すいません。僕の早トチリでした(笑)

半魚 いえいえ、こちらこそすいません。

 モンローが地図を見つけるシーンとか、当時だって勿論(今でも)コンピュータだからってそんな分析能力は無いわけですけど、このあたりブキミな感じと同時に、「シンゴ!頑張れ!!」と応援したくなりますね。

樫原 テンポ早いですよね、この辺りから。

半魚 はやいですね。読みやすいところです。

 さとるのうちに早速、引越してきますね。松浦さんというんですね。

樫原 そういえば、「金八先生」で沖田浩之が演じた名前が「松浦さとる」ですよ(笑、関係ないか)

半魚 関係ナイ、関係ナイ(大爆笑)。

 窓に映る点滴とかの影、興味をひっぱりますね。

樫原 ちなみにあの女の子「美紀」ちゃんていうんですよね。

半魚 松浦美紀ちゃんか。

樫原 もーう、いったいどんな「バケモノ」が出てくるんだろうと期待しましたよー。あれを、引いたのが「錆びたハサミ」ですかねえ(笑)「ますみ」・・・コワ・・!

半魚 ああ、ほんとだ。

樫原 パラレルワールドですね(笑)

 最後の1コマ、外壁のカタチが違う。

半魚 ベランダがないですね。

◆ Apt :11 友だち

半魚  小火騒ぎの後、美紀ちゃんは「私を殺さないで!」と言ってますね。

それと、夫婦は「美紀が!!」「しゃべったっ!!」って言ってますね。これまで、喋ることができなかったのですね。

一応、確認まで。

 下水道の中をやってくるシンゴ(モンロー)。この段階では、なぜ、なんのためにモンローは移動しているのか、まだわかんないわけです。

樫原 動物の本能みたいなモンでしょうねー。

半魚 本能かなあ、なんていうのかな。(もうちょっと考えさせてください)

樫原 帰巣本能みたいな?

半魚 ああ、なるほど。

えーと、今読み直しました。この段階では、シンゴにはどの程度の自覚があるんですかね。上で「まだわかんないわけです」と書いたのは、読者にとって、という意味でした。で、その後、電話を話をしている時には、「父を探しています」と自分から言うわけですもんね。父をさがすために、移動しているのですかね?

樫原 しかし、何で「父」なんでしょうねえ?最初は「母」だとも思うのですが・・・。

半魚 ははは。僕もそうだなあ(笑)。でもまあ、それは僕(等?)がマザコンだからですよ(がはは)。勿論、近くに居るところから始めるという物語展開上の制約もあるでしょうけど、でも、『漂流教室』は母重視でしたが、『真悟』では重要度は父母両者で釣合っていますよねえ。

樫原 ああ、そういわれればそうですよね。父の存在というものをかなり明確なものとして打ち出してますね。

半魚 シンゴが豊工業を出てから、この下水道まで、何日くらい経っているのですかね。停電用電源の6時間よりは経っていますよね。すくなくとも、一週間くらいかな。

樫原 自己発電を取り入れたとか・・・。

半魚 いやいや(笑)。ともかく、楳図は、こうした日付なんかはきっちり描く人なんですよね、本来。

樫原 このあたりでネズミがネズミを食うトコを見かけて同類の淘汰制(?)というのを学ぶのですよね?これって「おろち」の「戦闘」とか「漂流教室」のラストの「人間喰い」に近いものがあると思いませんか?

半魚 ああ、なるほどね。それは言えますよ。デンキがデンキを取り入れるのを、人間が人間を喰うことに直結してしまうあたりが、真悟がバケモノだということですかねえ。

樫原 まだ、人間になりえていない「不確かさ」なものを持って行動していますよね。原始人に近いというか?

半魚 ともかく、自分が何者であるか、認識してるんですかね。

樫原 そして、美紀ちゃんと交信して「私は人間です!」って認識するんですよね。あのシーンは何と言うか「象徴的」ですねー。ワリと好きなコマです。

半魚 んー、まあ、ワリとっつうか、ふつう、一番好きなシーンではないですかねえ(笑)。

樫原 (笑)すみません。でも僕が一番好きなのはやはり「アイ」と伝えたラストシーン。

半魚 んー、まあねえ。そりゃそうだろうけど(笑)。

◆ Apt :12 交信

半魚 「デンキはデンキをとりいれる」から、電話が鳴るんですね。

樫原 全世帯の電話が鳴り響く・・・これってかなり怖い現象ですよね。

半魚 これ、恐いですよ。楳図の使う電話って、うまいですね。『洗礼』とか、ほかになんかありましたっけ?

樫原 カミソリですね(笑)

半魚 そうそう、それもあった。ほんと、痛そう。それと、ラストの線の切れてる電話があったじゃないですか。

樫原 あれ!最初にあれを見たとき14歳くらいの僕は、「????何で????何で??どうしてどうしてどうして????」と思ってましたよ〜(笑)

半魚 あはは。わかります、わかります。

 「天国への電話」くらいのぶっ飛んだ発想が無いと、ダメなのかな(笑)。

樫原 あと、「闇のアルバム」で貞淑そうな妻の浮気を天井裏で電話してる夫とかね(笑)

半魚 ぶはは。あれもすごい。ふつう、電話は遠くから、と思いますからね。

樫原 あのオチは、笑えますよね。

半魚 『漂流教室』でも、何度か出てきますね。圧巻は、「おかあさん、たすけて!」ってところですね。

樫原 ありましたねー!

◆ Apt :13 ワタシハシンゴ

半魚 この電話で交信する、という設定。いままで誰かおもいつきましたかね?ここは、何時読んでも震えますね。

樫原 そんな、怖いことを仰らないで!!僕は「電話」って今だに理解できないでいるんですから!

半魚 だはは。糸電話の震えを、デンキに変えただけでしょう?(僕もよくわかってない)。ともかく、電話というのは聴覚(=言語)のみが拡大されるメディアですね。脳と脳が直接話をするというサイバーなメディアに、もっとも近いものですよ。

 シンゴは、直接言語を発することは出来ないけど、ここではデンキを介すことで日本語を喋っているわけですね。

樫原 これも、怖いデス。ある意味・・・。

半魚 ここで初めて、「父をさがしている」という目的が明示されています。

樫原 なるほど、なるほど・・・。

半魚 この一言は引用しておきましょう。  

父の名前は悟。母の名前は真鈴。両方足して真悟。自分で自分にそう名づけました。わたしは真悟。

『わたしは真悟』定番のショット

半魚 まりんの漢字が分るのは、ここが初めてですかね。

樫原 僕も初めて知りましたー(笑)。

半魚 いやあ、そこで、下らない細かいことですけど、「わたしは真悟」と、自己を認識するのは、電話を話をした後なんでしょうか、それとも前から分かっていたんですかね?

 あとで、コンピュータ少年が出てきますけど、彼から教えてもらったことも含めて、いつどの段階で、真悟が何をどこまで知るのか、まとめてみる必要がありますねえ。

樫原 「たけし」ですね?

半魚 なんか、最近、記憶力に自信がないです。

 ここで、モンローの看板を、みずから剥ぎ取ってるいるんだな。この時が、自分を真悟として主体的に認識したのかな。

 因みに、この巻は、1982年4月30日号から『スピリッツ』の連載が始って、1984年2月28日号です。待たせましたね、ほぼ2年。

樫原 ふむふむ。今にして思えばこの傑作をリアルタイムで堪能できなかった自分が悲しいです。

半魚 それも一理ありますが、待ち遠しすぎて、僕はどうせ付いてけませんね。一気に読まないと楳図は分かりませんよ、僕なんか(『14歳』とかダメだったもん)。

◆ Apt :14 人間デス

半魚 ここで、シンゴは人間として了解されるわけです。

 さとるの団地、カマタダンチD3号 403なんですね。舞台は大田区蒲田なんですね。(今、初めて気付きました)京浜工業地帯で町工場も多く、貧民層が住む(失礼!)ところですよ。夢の島は江東区だからちょっと遠いと思うけど、でもウォータフロントではありますね。

 (でも、蒲田には地下鉄は無いのですけどね)。

樫原 ははは、そうでしたっけ?

 楳図先生はこの頃はもう「高尾山」でしたっけ?まだ「高田馬場」だったんですかねえ?

半魚 まだ馬場でしょう。その後は吉祥寺ですよね。

樫原 吉祥寺にもいたんですか?メッカですね、マンガ家の・・・。

半魚 シンゴが上がってくる下水道は、さとるがまりんのハンカチなんかを捨てたのと同じ場所と考えていいんでしょうかね。まあ、よくありそうなマンホールでしょうけど。

それと、美紀ちゃんはふつうに日本語を話してるようですが、シンゴのは音声ではなくて、テレパシー的に美紀ちゃんの心に直接話かけているのでしょうね。

おや、部屋にはちゃんと、煙草の焦げ跡がありますね。

樫原 それで、ひとつの質問なんですが、東京コンピュータの社員の一番小さいヤツの名前って分かってましたっけ?(メガネかけた、ラストでエラそうにホざいてるヤツ)

半魚 いやあ、なかったような気がしますけど。(思い出せない)

樫原 これが、謎を解くカギです!(なーんて!)

半魚 ああ、オオタ・ナオヤですよ。今日、読んで思い出した。

樫原 ガーン!これで野望は打ち砕かれた!!どこかに名前があったような気はしてたんですが・・・。(笑)

 実は僕

「さとる」と「オオタナオヤ」が同一人物

ではないか?などと目論んでいたわけです。どことなく似ていませんか?この二人。時空を越えて子供の頃の「さとる」と大人になって「プロのコンピューター技術者」になった「さとる」=「ナオヤ」が真悟をめぐって・・・というパラドックスでもあったのかも、なんて思っていました。

 「ナオヤ」は真悟は追いかけ、真悟は「さとる」を追いかけ、「さとる」は大人になる「自分」=「ナオヤ」を追いかけ・・というとんでもない循環説を切り出そうとしてたんですがねえ。(笑)

半魚 なかなか思い付けない理論かもしれませんが。

樫原 いえいえ、たとえ時間はかかろうともこうして丹念につぶして(?)いくうちに「わたしは真悟」のテーマが浮き彫りにされているのだと思うと、胸がわくわくしてきます(笑)

半魚 なんか、つぶしてる感じですね。で、また僕からですいませんが、次もいきます。

樫原 いえいえ、いずれ貴重な資料として・・・(笑)・・・国立国会図書館の隅を埋めるかも・・・・。


■ プログラム4[感情]


◆ Apt :1 神

半魚 美紀ちゃんとシンゴの出合いの場面と、その前の電話の場面とは、どのくらいの時間が経過してますかね。

樫原 それほど経過してないような、3時間もないような気がしますねえ。見ている限りでは・・・。タケルと妻は隠れてますもんね。「トモダチ」がくるのを待ち受けているかのようですから。

半魚 3時間くらいって感じですよね。電話の時が夕食後くらい、「トモダチ」が来るのもその日の夜のうちですよね。あの両親は、なぜ外出していた(と美紀ちゃんは認識している)のでしょうかね。

樫原 確かに隠れてましたよね?「トモダチ」がくるからどっか行ってて!なんてシーンがカットされてたのかなあ?

半魚 ああ、そうか。それでもいいんですね。あんまり大した問題じゃないですね。

 美紀ちゃんは、シンゴに言いますね。「あなたが探しているさとるという子の住所は、となりの女の子が知ってるわ。」って(まあ、実際、しずかちゃんは知らんわけですけど)。これを聞いてもすぐにシンゴは、父の住所を聞くとか言う行動には出ずに、結局は母親から先に探しにゆくわけですかね。

樫原 さとるの残した足跡から「まりん」がイギリスへいることが分かり、船に乗っているのですね(笑)

半魚 しずかちゃんと絡んでいたシーンでも、常にシンゴは、さとるの居場所を探していたのですかね。

樫原 どうも、それっぽいけど・・・なぜ心変わりをしたのかなあ?

半魚 当初は、「サトルに会いたい」と思ってたわけだけど、豊工業で足跡を見つけてからは、会うよりも「まりん(母)に父の言葉を伝えなければ……」と、方針が変ったわけですね。

樫原 ああ、そうか!しずかちゃんの「さとるのゆいごん」を見てからだ!

半魚 松浦のおとうさんが、テントをはがすシーン、これつじつま、どうやって合わせられますかね。

樫原 うーん、「兵頭タケル」のようなとっつぁんぼうやですね(笑)こいつも表情が乏しい・・・(笑)

半魚 このあたり、絵がヘタですね。「神様だったのよ」の次のコマのお母さんのほうなんか、山上たつひこっぽい。

樫原 (笑)死刑!

 しかし・・・このあたりの流れはいやに興味をそそる展開ですね。しずかちゃんは、顔も手も足もないぐにゃぐにゃなものだと言うし。確かに、何もないベッドからしゃべったりしてるしなあ・・・。

半魚 まあ、テレパシーで喋ってるんだから、ベッドにいようがどこにいようがいいのかも知れないし、シンゴにしたら、人間のありうべきカタチなんてものも分かってないだろうから、カラのベッドとも話が出来るかも知れない。でも、「兵頭タケル」(笑)の「あの子が死んだのはもうずっと前のことだ!」は、ちとつじつまがきつくないですかねえ。僕は、最初に読んだとき、このシーンにはちと怒りました(笑)。

樫原 確かに、これかなり矛盾してますね。それこそ夫婦が作り出した「想像の産物」のようですよね、美紀ちゃん・・・。ん、待てよこれが奇蹟といえばそうなるのですよね。

半魚 いやいや、ちょっと暴走、まった(笑)。「想像の産物」で片付けないで(笑)。ともかく、あのタケルおとうさん(仮称)の一言(既に何年も前に死んでいる)と行動は、その後の美紀ちゃんのメタモルフォーゼと引き較べてみると、ヘンですよね。そして、この時点では、読者には、「しずかちゃんは、ぐにゃぐにゃした云々とは言っているが、でも結局、何もないベッドを見たはずだ」と思わざるを得ない、ですよね。

樫原 まさに楳図ワールド・・・(笑)

半魚 誉めてんのかけなしてんのか(笑)

樫原 確かに冷静に考えると、これは明らかに「失敗」してますね。僕は、この女の子は世にも恐ろしい「奇形児」で、それをひた隠しにしてる両親、という設定にしてれば盛り上がったと思いますねえ。

 実際にはこれは楳図先生の大誤算かも・・・。

半魚 大誤算とまでは言いませんが、でも、なんか、忘れた頃に「ああ、やっぱりいたんだ。あのこ。」みたいな感じになりますからねえ。で、よくよく思い出すと、前には実体がない存在のように描かれていた!と知ってびっくり、みたいな。

[ 補記 2001-9-21 / 本作には「リアル性」と「非リアル性」の二重構造がある。まりんの幻想としての世界戦争勃発、さとるの佐渡が島体験。こうした二重描写の一例として、この設定についても、たんなる設定ミスと片付けずに、再考すべきである。

この設定と似た箇所は既にある。「シンゴというものは、ゲームなんかじゃなくて何か……ものすごく恐ろしい、近代科学のブラックボックスを持った怪物なのでは」と思ったたけしには、シンゴは恐ろしい怪物に見える。読者には、ここはたけしの思い込みが見せた非現実のシーンだとすぐ分かるが、それはストーリーの前後を読むことで理解できるのであって、描写においてははっきりした差異が有るわけではない。

松浦美紀ちゃんのベッドにしても同様に考えるべきである。 あまりにもグロテスクな子どもを受け入れられなかったか、周囲の人に知られることを恐れている両親は、子どもは死んだのだと思い込もうとしている。その両親(特に父親)の視点から、何もいないベッドは描かれたのでなかろうか。後に、両親はついにたんすの中に子どもを閉じこめてしまっている。こちらが現実である、先の何もいないベッドは、死んだと思い込もうとしている両親の非現実世界を描いたシーンである。ここでは、読者にはまえぶれもなく、現実から一瞬にして非現実世界へと放出され、またそれとは気づかないうちに現実へと連れ戻されているために、分かりにくくはなっている。

以上、2001年度のわたしの授業における杉浦美紀子の指摘]

樫原 このあたりは先生も何気に描いていたのでは?とか思ったりしてます。ふはは!対談で(誰だったカナ?)「実はまだまだいっぱい矛盾してトコあるんですよー」なんて本人が言ってましたもんね。(笑)

半魚 呉智英との対談かですかね。ところで、どうやれば次の「日本人の意識」にもどれますかねえ?

樫原 うーん、うーん半魚さんの腕の見せ所ですね(^o^)

 実は、これが恐ろしい「日本人の意識」というヤツ?

半魚 あはは(爆笑)。美紀ちゃんも大人になると、「日本人の意識」になっちゃうって(笑)。そりゃ、あんまりだ。

 つぎ、毒のおもちゃ、ですね。

樫原 黒い虹が出るんですよね(笑)

半魚 えっ、これ黒いの?

樫原 何となく(笑)。

半魚 あはは。あれ、初出誌でも、4色カラーとかで描かれたことは無いのかな。ともかく、黒い虹と命銘しますか、僕等は(笑い/多分七色ではないかとも思うんだが)。

樫原 ははは!そうですね。何でああいうイメージを抱いたのか自分でもわからないのです。

 話は変わりますが月夜の虹というのを見たことありますか?

半魚 ないない。

樫原 雨上がりの満月の夜に白っぽい虹が出るんです。神秘的ですらあります。イメージ的にはこういうものなんだろうなあ、と思ったりしました。

半魚 ははーん。『雨月物語』ですかね。

 ともあれ、いっちばん最初に読んだときは、この「虹」、気付きませんでした。

樫原 あれま!

半魚 おはずかしい。でも、一回だけ読んだ読者なんて、そんなもんですよ。うちの学生で、さとるを真悟だと思ってて、「ロボットが真悟でしょ」って指摘したら、「ああそうか」と言ったものの、さとるの名前を思い出せなかったやつがいます(笑)。

樫原 ははは!実は〜僕も〜最初・・・そう思ってマシタ。

半魚 あれま!(鸚鵡返し。笑い)

 虹は、いちばんラストにも、地球にかかってるんですよねえ。

樫原 これ!地球全体にかかってますねー。僕は衛星の軌道かなと、思っていたんです!ああ、シンゴは神がかりな存在になって、衛星のごとく地球を見守るようになっちゃったんだー、なんて思っていたんです。

半魚 まあ、大団円のくだりですから、とうぜんそういう雰囲気というか、「永遠の地球」みたいな、手塚風なメッセージみたいに、一般の読後感としては持ちますよ。

樫原 なーるほど。ラストにまで手を抜かない姿勢・・・これが大事ですね。

 これは、明らかに警告だったんですね。これからもますます「ブラックボックス」が起きるぞ〜という・・・。

半魚 「黒い虹」の記号的な意味としては、「地球のブラックボックス化」ですよねえ。

樫原 んで、そのまま「14歳」につながりますねー(笑)

半魚 そうそう。

 ニワトリ小屋に突込みますが、これ、この節の扉絵と対応してるんですかね。

樫原 これは、僕の予想ですがこのあたりから「14歳」の構想を練っていたのでは?と想像をたくましくしています(笑)

半魚 いや、「14歳」は、まことちゃんのろくちゃんからでしょう。

樫原 ははは!

 「トビラ絵」。ああ、納得しました。考えてから描いてますね(笑)。実はこの号のトビラ絵は一番後で描いたとか・・・。

半魚 まあ、構想さえあれば、最初に描いてもいいんでしょうけど(笑)。なんて。ともかく、ニワトリ小屋に突込むってのは、ほんとユーモラスですよ。こわいんだか、可笑しいんだか、わかんない。

樫原 ニワトリに恨みでもあるんですかね?

半魚 愛着だろうなあ。

樫原 好きなんですね。

◆ Apt :2 発覚

半魚 高志さんの本棚に「果心居士の幻術」なんて本がありますね。果心居士って、有名ですかね。

樫原 (笑)さあ?よく聞きますね。

半魚 前にちょっと調べた事があるんですが、あまり出てなくて、「あれ〜、どこかで見たんだけどなあ。どこだったかなあ」と思ったら『わたしは真悟』だった(笑)。

樫原 堂々めぐりですね(笑)

半魚 司馬遼太郎に『果心居士の幻術』という小説がありました。

樫原 それよりも「岡本綺仁」ってあきらかに「岡本綺堂」(?)ですよね。楳図先生ご愛読なんですかね?

半魚 チャンチャチャッチャチャン、銭がぁ〜と〜ぶぅ〜、かあ(笑)。あれ?じゃなくて、『半七捕物帳』だったっけ?

樫原 時代劇もですけど、黒岩涙香なんかと翻訳モノもありましたよね?

半魚 あるみたいですね。

樫原 こういう作品から面白い「ツボ」を探っているのかなあ?

半魚 僕は読んだことないんで、どんなツボがあるのか分からんけど。

樫原 先読みできない「面白さ」です。それととんでもない方向にイっちゃう!という感じですか?江戸川乱歩も横溝正史も賛美者ですよね。

半魚 へー、そうなんですか。

樫原 これは、某文庫のあとがきによく書かれていたんですが、江戸時代の草子系がこういう筋立てが多くてドキドキハラハラさせながら次回作を心待ちにしていたそうです。(この辺は半魚さんの方が詳しそうですけど)

半魚 草子(浮世草子や草双紙)系には、あんまり無いですよ。読本ですね。曲亭馬琴とか柳亭種彦とか。

樫原 小説にすれば、続きに行く時点で謎めいたことを漂わせ、「はたして主人公の運命や如何に?」てな感じでしめくくるやり方なんでしょうねえ。

半魚 馬琴の決まり文句が、「はて○○の運命や如何に?そは次に説き分くるを聞きねかし」っていうんですよ。

樫原 まさに楳図先生はこれ使っていません?僕ら「どうなんのーこれー来週???」っていつも思ってましたもん。

半魚 まあ、連載物の常套ではありましょうけどね。で、楳図先生の場合は、全編を見通してから作品に掛る人だから、一応、その場凌ぎの盛り上げではなくきちんと最後まで構成がしてある(ことになっている)。

樫原 後ですね、気づいたのがヤバい場面でひたすら引くでしょう?ああっ!これでもうダメか!?と思わせておいて実は大丈夫だったんだー!みたいな。この描写は昔から上手いなあ、と思いますねえ。「あかんぼう少女」で葉子さんがタマミにギロチンに手首を切られそうなシーンとか・・・。(当時はホントに残酷なシーンでした)

 それにしても高志さん?「黒い絵本」のももちゃんのおとうさんの元キャラですね(笑)

半魚 あはは、ほんとだ。「白菊荘」に住んでいたのか。

樫原 かすかに伺えますね(笑)

半魚 この浮浪者、新興宗教のアサハラ某に似てるという噂が飛交ったらしいですけど、似てますか。

樫原 やせすぎてます(笑)個人的には・・・ちょっと・・。ですねえ。

半魚 関係ないよね(笑)。

樫原 こじつけでしょう(笑)

 死んだときの「目」が「アゲイン」に出てた「ぐり子」の目に同じなのは、笑えました・・・。

半魚 三日月の目(笑)。

東京コンピュータ研究所の3人、初出演ですか。こいつらは、モンローのプログラマであり、そして早速、そのモンローが作った部品を入手し、プログラムと違うものが出来ていることに気づくわけですね。

樫原 さすが、アタマの切れるヤツらだ〜(笑)

半魚 ちょっと、切れすぎ。

樫原 あきらかにオオタナオヤは新参者っぽくて、二人はオブザーバー系の感じですね(笑)。途中で誰か下りるんでしたっけ?

半魚 いや、下りるとは言ったけど、結局下りてないでしょう。ラストシーンでもいるから。

樫原 あのロン毛のにいちゃんでしたね。

半魚 ロン毛ってよりは、おかっぱですよね。

樫原 (笑)

半魚 それから、メガネ君が「僕はこんなものプログラムしてないぞ」というから、4・5型のプログラマーなんでしょうね。このプログラマーが「製作者オオタナオヤ」と同一かどうかは、あとで考えましょう。で、たぶん、新参者ってことはないのでしょう。若いけど、それなりの者なんじゃないですかね。

樫原 みたいですね。時々エラソーですもんね(笑)

半魚 一番、いばってますよ。

樫原 目立たないのが、あののっぽ君ですね。いちばんトッポイ顔してる(笑)。でも銃とか持ってて・・・危ないヤツです。

半魚 この不法所持は、不思議ですね。馬内(漂流教室)が落していったわけでもあるまいに。「そのスジ」(後述)から手に入れたのですかね。

樫原 (笑)いったい東コン研ってホントは何するトコ?みたいな。

 なぜあいつらは「黒い虹」の巻き添えをくわんのだ?みたいな〜(笑)

半魚 そういや、そうっすね。

樫原 これも、何か意味があるのか〜?死んだら終わっちゃうじゃん、みたいな?

半魚 ま、そりゃそうだな。しかし、触るだけで死んじゃう「毒のオモチャ」ってのは、強烈ですよ。

樫原 あれ、ガン(癌)みたいなイメージありません?

半魚 ああ、なるほど。でも、それを二重ラセンで描いたところに、楳図先生の真骨頂があるわけですよね。

樫原 うーむ、なるほど・・・。一歩進んでいますねー、やっぱ。

半魚 しずかちゃんのパパは一度も登場しませんけど、「うちのパパは警察よ」は、カマかけたというか、でまかせなんですよね。

樫原 もーう、ここで楳図ワールドの典型がありましたね!「おとうさん」不在!「赤んぼう少女」「洗礼」とか(笑)しっかり踏襲していたんですね。

半魚 そうですね。まあ、思えばサトルは父ですけど、全然そういう雰囲気ではないですね(当たり前ですが)。サトル、大きくなったらタマミの父みたいな酷い人になるのかね。

樫原 いえいえ、オオタナオヤみたいなヤツ・・・(笑)

半魚 そうですね。なかなかいいヤツですよね。

樫原 ははは。ちょっとたよりないけど・・。

半魚 しずかちゃん、四階から降りて、アブナイですね。

樫原 大暴挙がこのあたりから激しくなっていきますねえ。

半魚 そっか。この程度、たいしたことないんだな。

樫原 この後の死闘に比べれば・・・ヘッてなモンでしょうね。

◆ Apt :3 仲間

半魚 子どもらとシンゴの掛け合い、なんかコントっぽくて、いいですよね。

樫原 「こ」「こんにちわっ」は「まことちゃん」ぽくて絶妙ですね(笑)

半魚 そうそう。同じですね。

 マジックで、意志を疎通するという、妙に擬人化しないアイディアも、なかなかですよね。

樫原 (笑)でもマジックで床には書きづらいでしょうねえ。床の材質にもよるんだろうけど・・・。

半魚 あはは。まあ、ぼくはそこは突っ込みません(笑)。

◆ Apt :4 逃走

半魚 「分かったらマル、分からなかったらバッテン」とかも、読者としてはスカっとする、カタルシスなシーンですよ。

樫原 もーう、最初のさとるの教育が生かされてますね(笑)

半魚 このガチャメのさんちゃん、「こいつなんにもわかってないんだ」って言ってますが、それはさんちゃんの思い違いで、両親がさとるとまりんだってことは、シンゴは先に自覚してるわけですよね。

樫原 楳図先生は子供の視点でのセリフ回しがほんとうまいと思いますね。僕なんかせいぜい「どけ!アリのバカ」くらいですもん(笑)(「樫原かずみのサイトコミック」「蝉」参照)

半魚 ははは。まあ、まあ御謙遜。

樫原 僕も「子供言葉」覚えなきゃ・・・。

半魚 「まことちゃん」言葉とは、別ですよね。

樫原 はい(笑)今37のオジサンがそんな言葉使ったら袋叩きですよね(笑)

半魚 巻毛の「まさくん」の行動、不可解ではありませんか。恐くなって逃出したんだろうけど、階段で転んで頭をぶって(ひどい!)、その後みんなに「逃げろ!」ですからね。

樫原 みんなにギャレージにいるってこと教えちゃって・・・。あのパターンはおろちの「血」と全く同じですね。暴挙2

半魚 あれ、ぴんとこない。これもあとで確認します。

樫原 楳図かずおって階段から落ちるシーンってけっこう多いですよね。

半魚 あーはいはい、わかった。他に、なにがあったかなあ。

樫原 「おそれ」落ちはしないけど「おろち(姉妹)」も階段でかけひきが展開されますね。

半魚 そっか、そっか。

樫原 「洗礼」も何か使われてませんでしたっけ?「猫目小僧」にもズバリ「階段」って作品ありますよね。

半魚 ああ、いっぱいあるなあ。

樫原 この「転落」という言葉は、楳図の好きなシチュエーションですね、きっと。

半魚 兄弟の弟が、シンゴが父母の居場所を聞いていることを理解し、動かないシンゴについて、トラックの「さんちゃん」が、「さとるとまりんのいるところを教えないからだっ!」というあたり、ストーリー的に練れてますよ。

樫原 改めて、読んでからそうだなあ、って思いました。今までは流してたようです。

 「さとるとまりんはこっちよ!」で突然、動くんですよね。何て素直なんでしょう。

半魚 あはは。無駄な動きはしない。

樫原 そういうトコは、打算的ですね。

◆ Apt :5 運転

半魚 トラックの暴走シーンですね。

樫原 暴挙3。このあたりから僕は単行本買わなくなっちゃったんですよねえ。しかし、通行人殺しまくりの、脅しまくりのシーン続出ですね。

半魚 すごいですよね。樫原さんのお気に入りにシーンだと思うのになあ(笑)。

樫原 (笑)人を殺人愛好者みたいに・・・。

半魚 真悟は、車の運転も瞬時に覚えますよね。こういう進化してゆくロボット像というか、コンピュータ像も、あんがい珍しいかもしれませんね。ふつうロボットは完成してて、パワーアップは、○○博士が改造してくれる(ふるい?)。

樫原 ははは!市の谷博士?御手洗博士?お茶の水博士かな(笑)。それはともかく、驚いたのはコンピューターが車を読み取る3次元モデリングのワンシーンです。これ白黒反転のコピーかな?それともホワイトで描いたんですかね?後者だったらホント恐れ入谷の鬼子母神です・・・。

半魚 ほんと、ガレージ内でのギザギザの親子図解や、このワンシーンや、ほんと効果的ですね。白いペンとかってないんですか。

樫原 僕はその存在をしりません・・・。ホワイトで昔、描こうとしたらぐちゃぐちゃになったので、断念したことがあります(笑)(ペンではなく「筆」ですからねー)

半魚 筆は、むつかしそうですねえ(笑)。

樫原 はい、難しかった・・・デス。

◆ Apt :6 なぜ

半魚 しずかちゃんの作戦「そうだ、さんちゃんに運転してもらって、わたしたちはロボットを連れて水の中に隠れるのよ」は、ちと酷い作戦ですよね。

樫原 そうそう、これも大暴挙デシタ。(笑)もう、このあたりからさんちゃん人事不省に陥ってますよね。

半魚 メガネ君、生きてるんですね。「美濃部タクシー」に乗って追っかけてきますよ!

樫原 こいつらってけっこうしつこいんですよね(笑)そこまで追いかけなきゃならん理由って一体何?って思ったりしませんでした?実はこれが、あの「それにしても・・・こどもをこんなに夢中にさせる理由は、いったいなんなんだろう!?」に投影されているのかも・・・。(勝手に納得してる樫原)

半魚 追いかけるのも、東コン研の給料の一部かと(笑)。

樫原 すごい高給取りですよ、するとやつら・・・(笑)

半魚 兄弟の兄(たっちゃん)、可哀相ですよ。

樫原 ちなみにここで「真悟」の暴挙4ですね。

 あそこまで残酷かつ克明に死ぬシーンを見せられた日には相手が子供だから、まして僕らみたいな「一小心民間人」はメシ、まずくなりますよねー。

半魚 ここは、ちょっと「ひどいーっ!」って感じですね。やっぱり、あくまでシンゴは、「ギョー」などと同様の怪物ですよ。決して、「シンゴがんばれ〜」みたいな、手放しで応援して感情移入できるような、単純な存在じゃないのですよ。

樫原 ここで楳図先生は海を描いてますけど、すごいですよね。トーンとか全く使っていず、楳図かずお独特の「水」感を描いてます。僕は、個人的に

水の氾濫するシーンや火山の爆発シーンなどこの人、ほんとに上手だなあ、

とつくづく思います。

半魚 ほんと、ほんと。この水、「楳図にとって、海は魔の住家」という樫原説そのままですね。この水は、いやーな感じですね。生きてますね。水木の細密画が、上手いは上手いけどなーんかぺたーんとしてる風に見えるのに対して、こっちはほんと生々しいですね。時に、ゲル状だったりして。

樫原 臨場感、かなりありますよね・・・。「半魚人」のあたりからその兆候はあったけど・・・。

◆ Apt :7 追っ手

半魚 扉絵、いいですよね。でも、オセロゲームとしては、メチャクチャですけど(笑)。

樫原 これも秀作の部類のトビラ絵ですね。バーチャルっぽくて、波打ち際であるのがまたいい感じです。

半魚 男の子はワイヤーフレームでできてるけど、女の子はそうじゃないのですね。

樫原 ほんとだ・・・今気づいた・・・。なぜ?ちなみに、これ本誌掲載時はカラーか、二色刷りだったみたいですね?ワイヤー線の色は「緑」かな?

半魚 二色刷りみたいですね。しかし、この葉っぱも、よく描きましたね。

樫原 またまた何時間かかったんでしょうか?と聞きたい私(笑)

半魚 あはは。

樫原 でも内容と関係ないけど・・・。(笑)

半魚 まあ、そうっすね。

 ここ、しずかちゃん、セミヌードですね(笑)。

樫原 半魚さん、お好みの・・(笑)

半魚 いやいや(笑)。このへん、「バカッ!バカッ!おまえなんかもう知らないっ!」とシンゴをしかりつけ、たっちゃんが死んだのが悲しくて(よりも、シンゴをぶった手が逆に痛くてだろうけど)、わーって泣くシーン。それまでの「うるさいとなりのチビ」(さとる)でなく、ようやく、しずかちゃんの人格が現れ始めたというところだと思います。最初読んだとき、このへんから、しんずかちゃんも好きになりました。

樫原 ああっ、僕もそうでしたよ。しずかちゃんは嫉妬深い「ヘビ少女」みたいだったのにここから「なんだー、フツーの少女じゃん!」みたいな(笑)

半魚 ヘビ少女ってこたあ、ないでしょう(笑)。ただ、妙にませてて、これまはいやな感じでは有りましたね。

 再び水面に登場したシンゴには、ロープが掛けてあるけど、これ、誰が掛けたんですかね。

樫原 真悟が自分で巻きつけた、とか・・・(?)車から降りる寸前に・・・。

半魚 いや、たっちゃんを海に沈めた当初は、ロープはないんです。

樫原 あれー、じゃあしずかちゃんが?いやあの子は気絶しましたよね?

 しかし機械なのに、シンゴよく浮いてたと思いません?

半魚 はあ、そういえば。

樫原 「意思の力」かなあ?

半魚 ああ、そっか。自分で縛って、ロープで浮上がったのですかね。忍者の要領で、ロープを投げた?まあ、東コン研の連中が繋いだとしても、ちと無理が有りますよね。

樫原 あいつらは、真悟が海にいたことは知らないハズですよねえ。

◆ Apt :8 陥穽

半魚 メガネが「あぶないっ!!」って叫ぶコマのライトの軌跡とかも、かっこいいですよね。

樫原 この頃は、ホント楳図マンガの技術の集大成って感じです。見ていてくやしいけど、上手いなあって脱帽しますね。あんまり、深く関わると自信喪失しますので、もう書きませんが(笑)

半魚 そうかそうか、集大成ですねえ。

樫原 この作品後から鈍ってきたのは明らか・・・ですよねえ。

半魚 お……おそろしい御発言を(笑)。

樫原 ごめんなさい!楳図先生っ!!

半魚 タイトルの「陥穽」ってのは、取壊しのビルの落とし穴、って意味ですかね。

樫原 きっと、そうですね。ラストで浮き彫りにされてますから・・・。

半魚 なんか、大袈裟なタイトル(笑)。

樫原 「裏」がある意味にも聞こえますよね(笑)

半魚 まあ、あるとすれば「ブラックボックス」そのものが陥穽なんでしょうけど。でも、タイトルとしては「ちょっと漢語でかっちょよくしてみました」式な感じもしますね。

樫原 僕、ここで江戸川乱歩の「白髪鬼」っての思い出しました。あの作品も「恐ろしき陥穽」って章があるんですよね。あれが、楳図作品にもよく見られる「棺おけ」の中で死んだと思われる人物が生き返るシーンがあるんです。

半魚 ほほう。

 あらら、オオタナオヤ、「われわれの存在もあやうくなる……/そのスジに消されるおそれも出てくる」なんて言ってますね。

樫原 がぜんX−ファイルみたいですよね(笑)そのスジって一体・・・何者?みたいな。

半魚 これ、どこまで構成意識があったのか、さだかではないですが、東コン研の背後にヤクザが居る(笑)とか、そんなんじゃなくて、やはり「日本人の意識」的なものとのつながりがある、って考えるのが自然ですよねえ。

樫原 ははは!そうですね。

半魚 でーも、なんか、ここ、いまいちわかりませんね。「日本人の意識」を東コン研が知っている、とも思われないし。

樫原 うーん、確かに。伏線貼ってるんだろうけどピンと来ないですよね。

半魚 思い付きで書いただけのセリフですかねえ。

樫原 僕は、今読むと「そのスジ」=「政府」?なんて考えがかけめぐるんですが、昔ならやはり「ヤクザ」さんですよねえ(笑)

半魚 んー、まあ良く分かりませんねえ。

 樫原さんの秘策ってのは、このあたりかな、と思ったのですが。もっとすごいことを考えていたのですね。

樫原 (笑)

 「それにしても・・・こどもをこんなに夢中にさせる理由は、いったいなんなんだろう!?」

 1ページ使って問題提起してますよねえ。これ、けっこう重要な問いかけのような気がしませんか?

半魚 まあ、これのほうが重要な問題ですかね。

樫原 しかし、ロン毛ヤロー、ポーズ取ってるバヤイでもねーだろう!?みたいな(笑)

半魚 ぎゃはは。途中で、「おれは下りる」とか言うくせに(笑)。それはともかく、「シンゴという存在自体が子どもを夢中にさせる何かを持っている」ということですな。ふむふむ。

樫原 先も書きましたが、これ実は自分自身への問いかけのような気がしません?つまりオオタナオヤも子供の「心」があるから夢中になって「シンゴ」を追いかけてる・・・という。

半魚 半分は言えますね。シンゴに関わってしまった分、すくなくともまりんの母親みたいないやな大人ではない。でも、しかし、子どもたちが夢中になってるのと、オオタナオヤが追いかけてるのとは、質的に違うような気がしますねえ、ぼくは。「給料の一環」は茶化しすぎとしても、そもそも子どもたちはシンゴが動く現場を見てるし、彼らは見てない。むしろ、ここは当事者(子どもたち)と、もうひとつ遠巻きにみている大人という構図のような気がしますけどねえ。

樫原 はあはあ!なるほどそれって「この世」の向こうの「あの世」のさらに「あの世」的感覚ですね!その見方はけっこう新しいかも!

半魚 この「さらにむこうの世」については、『スピリッツ』で、真悟連載100回記念で浅田彰と対談してて、浅田が資本主義論とか科学論みたいな内容で、「いくら科学が発展しても、科学ってのは終りが無くて、さらにむこうがある」(大意)みたいな事を言ってるんですね。「影亡者」に結実するこの発想も、これらもヒントになってるかなあ、とか思いました。

樫原 なるほど。この発想には思わず「やられたー」と心から賛美しました。(「影亡者」でですが・・)しかし、この見方は「真悟」の頃から見え隠れしてたワケですねー。

◆ Apt :9 ハッカー

半魚 「なぜ」ですね。

樫原 「?ナゼ」ですね(笑)

半魚 「この時わたしは"なぜ"ということばを覚えた」のですね。「?ナゼ」は、やっぱり人間に必要要件ですね。

樫原 ここから、すべての論理が展開する言葉ですよね。「なぜ」「どうして」「何のために」ああ!この言葉があるから僕らは今を生きてるんだなあ・・・。

半魚 そーですねー。まさに。

 Cセーブって何ですか?

樫原 SVCには解説がありましたよ(笑)プログラムを「カセットテープ」(?笑)に記録する際の命令系のヒトツだそうです。

半魚 いやいや、それは分るんですが(笑)。セーブするには、どんな形式があるんですかね。「C」って、ナニの略かなあと。Basicの用語ですか。雑誌をみるかぎり「MEC」(笑)のPC-8801 で、N-Basicっぽいですね。

樫原 ああ、ちゃんとどの本にも明記あったんですね(笑)なんてオバカな私・・・。昔のbasic辞典があれば確認できるんですが・・・(笑)

半魚 そうですねえ。古本屋で100円くらいかな。

樫原 今度、探してみます(笑)

半魚 ぼくも、さがしてみよ〜。

 友達は、カセットテープだけど、たけしはフロッピーディスクつかってますね。

樫原 しかも5インチの(笑)

半魚 8インチじゃないだけ、ましでしょう。

樫原 (大爆笑)僕が若かった頃、これ使ってました。デケえな、くらいの印象しかなかったですねー。

半魚 僕は、一回しか見たことないですよ。

樫原 新しい人なんだ(笑)

半魚 「?ナゼ」は、シンゴ自身の思考能力の向上であると同時に、たけしに対して「これは脱出ゲームだ」と思わせる要件にもなってますね。このへんは、ほんと上手いです。

樫原 ところで「たけし」って中学2、3年ですかね?

半魚 そんなもんでしょうね。

 「私は雨の中で考えた。なぜ、わたしには意識よりも先に、コトバがあったのか……」私に言葉を与えたのが誰なのかは分からないが、その時、私の言葉にはないある気持ちが浮かんできた……ここはすごいでところですね。ふつう「初めに言葉有りき」とは、言葉が意識を決定するって意味ですよ。でも、ここでは、その言葉が全てではなく、そこから言葉にならない意識と言うものが成立した、という意味ですね。

樫原 ふむふむ。コンピューター側からはそうなるんでしょうね、やはり・・・。受け付けるだけではなく、人工知能でそれを判断して行動する・・・まさにアイボ状態ですね(笑)

半魚 アイボって、人工知能なんですか(笑)。

 それはともかく。これはコンピュータ側っていうよりは、人間そのもの、あるいは人間の観念論そのものですよ。

樫原 ふむ。確かに。

◆ Apt :10 タスケテ

半魚 おとうさんは誰か、お母さんは誰か、と聞かれて、いまさら「ワカリマセン」は、ヘンではないですかね。

樫原 あれは、ラストの質問「君を追いかけているものは誰だ?」の返答ではないでしょうか?(笑)僕も良く「ワカラナイ」けど。

半魚 あっ、そっか。いままで気づかなかった。んー、でも、「ラストの質問だけ」とは、やっぱ思えんなあ。

 でも、その後、さとるとまりんをたけしは知る訳ですから、シンゴは説明をしているのかな。

樫原 あのサイレントの画面で、何気に過去を教えているようですね。

半魚 あ〜、いま初めて分かったわ(とほほ)。これ、たけしがシンゴのことを理解しているシーンなんですね。たけしは賢そうだから、みな分るんですね。ぼくなら、ぼけ〜っと画面を見てたに違いない。(笑)

 いやいや、ていうか「アイガハヤルト……ガチカイ」の如く、例によってまたシンゴ狂っちゃったのか、と思ってました。

 「保険会社のコンピュータを使って付近の家屋見取り図を調べよう」って、言いますね。保険会社ってのはコンピュータを導入したはやいほうの業種ですよね。で、ここ、さりげないけど、家屋見取り図がすでに国家や企業によってデータ化されてるっていう発想に基いてるんですかね。

樫原 うーん、それを考えると、さとるの一挙一動も全て「何者」かが監視していた、と思えなくもないですね。

半魚 ああ、そうですねえ。まあ、直接の関係はわかりませんけど、社会自体もそういうふうに進んでいる社会像なんでしょうね。

樫原 楳図先生は近未来を描いていて、それがほとんどさしさわりなく的中してるということになりますね。(今読んでつくづくこのヒトの感性に驚かされますね^)

半魚 社会的感覚も、漂流教室以後はだいぶ身についてきたんでしょうねえ。

樫原 ああ、たしかに「イアラ」などの青年誌向けでこつこつと積み上げてきてたんでしょうね。

半魚 あらら、「隅田川まで暴走」とありますね。これだと、舞台は、蒲田とかではないですね。

樫原 ははは!

半魚 「運転していた子供も重傷……」と新聞にはありますが、その後、死ぬんですかね。

樫原 もう死んでましたよね?さんちゃんでしょ?

半魚 しばらくは生きてたのかもしれませんね。

樫原 どうも、それっぽいですね。

半魚 いやいや、まって!これ、楳図先生、最初はさんちゃんを殺す気無かったんじゃないのですかね。たっちゃんはともかく、トラックにしがみついてたメガネ君もけろっとしてますからね。青年誌とは言え、やっぱり殺すのはちょっとキツイでしょ。でも、殺さなきゃ、逆に何やらしてもいい、みたいな感じで(笑)。

樫原 そうかあ・・・これも「美紀」ちゃん同様みたいな?でも、僕はもう人事不省に陥った時点で「死んじゃった〜」と思い込んでいました。

半魚 ふつう、そう思いますよ。次に出てきたときは、天国ですからね。

 この逆探知ってのは、どうやってやるんですかね。

樫原 まあまあ・・・僕も教えてほしい〜みたいな(笑)

半魚 あはは。

樫原 でも、これって今見るとインターネット使えばできそうな感じですよね。あ、また謎の「電話回線」にハマってゆく・・・。

半魚 あはは。いまの技術なら、IPアドレス(プロトコル上の論理的なアドレス)かMACアドレス(外部接続するボードの物理的なアドレス)が分からないかぎり、接続は出来ませんよね。東コン研の連中は、製作者だからシンゴの「コンピューター番号」を知ってるから、接続できるのかな。

樫原 真悟自身が信号を発してるような感じですよね?あ、それよりもたけしくんがみんな盗んでるんですよね。こいつ、頭いいんだなー。

半魚 たけしは、シンゴに接続して、そのデータを読み取って、それをつかって東コン研に不正アクセスしてるのですかね。それを、東コン研がリアルタイムでアクセスログを採ってる、って雰囲気ですかね。

樫原 そんな感じですよね。

半魚 それとまあ、ともあれ、このへんのヴァーチャルなチェイスは、ほんと魅力たっぷりですよね。秀才型のたけしのキャラもいいし。

樫原 僕もこういうスリルあるモノ描きたいんですよー、ほんとは。(笑)

半魚 はいはい、楽しみにしてますよ。

 で、ここではじめて「製作者 オオタ・ナオヤ」と名前が出てきますけど、このメガネがオオタナオヤでいいですかね?

樫原 それっぽいですねえ。残念なことに・・・。機械の真悟を組み立てた製作者だと、言うことにすればさとる=メガネが成り立つんですがねえ・・・。(笑)

半魚 でも、いまいち決め手に欠けますね。まあ、機械の組み立ての製作者だとすれば、ふつうは個人名よりも企業名のような気もしますけどね、「クマタ機械工作」。たぶん、機械部分ではなくて、コンピュータのほうを問題にしているから、メガネ君がオオタナオヤなんだと思いますけどね。

樫原 十中八九、間違いなさそうですね(笑)(あ〜、オレの思惑が!思惑がぁ!!)

半魚 ちょっと、その思惑を御披露くださいよ。

樫原 はい。実は僕は「さとる」=東コン研の「メガネ」という図式を組み立てていたんです。時空を越えて「さとる」「シンゴ」「さとるの未来図=メガネ」がそれぞれに追っているにでは?などというとんでもないワールドが渦巻いていたのです。だから、楳図先生はこのメガネの名前を明かしてないのか?と思っていたりしたのですが・・・・。

半魚 たぶん、メガネくんに名前が無かったとしても、そこまでのコードは、どこにも埋めこまれていないかと思うのですが(すんまへん)、でも、このオオタナオヤはわりかし好ましい大人像ではないですかねえ。現実に奇怪さに翻弄されつつも、それを受け止めようとしている。あのコロンボ風刑事みたいな、それはそれで誠実なのだが、でも大人の論理で子どもの奇怪さに向合っているのとは、ちょっと違う。簡単にいうと、オオタナオヤは、けっこう無茶やりますからね。真悟がいずれ大人になった際、このレベルの大人になるという樫原さんの発想は、それは賛成しますよ。

樫原 ありがとうございます。少しだけ救われました。(笑)コロンボ風刑事ってラストにも出てくる人ですか?

半魚 ラストにもいますね。

◆ Apt :11 交信不能

樫原 このトビラ絵も秀逸ですね。ベタなし!感動です。

半魚 いい絵ですね。ただ、ぼくはいまいちだなあ。

樫原 おや?そうですか?

半魚 水がいいし、真四角のプールなんかもいいけど、飛込んでるように見えない。線の処理なんかは、ほぼ完璧でしょうけど。

樫原 ここで、珍しいな、と思ったのは楳図かずおって必ずどのページでも絶対に一箇所でも「ベタ塗り」個所があったんですよ。それが、このトビラ絵はないでしょう?これは「ヤられたー!」と思いましたね(笑)

 これは言い方を変えれば「ベタ」や「カゲ」の効果を知り尽くしているから楳図かずおの作品は「恐怖」感がみなぎっている!といえるんですよね。

半魚 そうですね。この後ですけど、まりんの部屋で、まるでベタのない頁がありますよね。異様な感じですね。

樫原 あれ、僕も目をさらのようにして確認しました。イギリスの雰囲気を出したがってああいう形にしたんですね。ともかく、ベタなしは僕的には意外でした(笑)

 ナオヤ、大暴挙しますねー。プログラマーなのにキーをうっかり触るなんて、クビですよ、クビ!

半魚 あはは。まあ、「ニンゲンデス」と言われたので、ほーんとびっくりしたんでしょう。

樫原 それにしても・・・軽挙妄動だっ!

半魚 あはは、きびしいなあ。

樫原 あっ!ここで大発見しましたよ!たけしくんの部屋にバルタン星人がいるー(笑)

半魚 あ、ほんと。バルタン星人とウルトラマンのプラモデルの箱みたいなのもありますね。でも、よく見ると、バルタンの隣にあるやつ、これ大○のおもちゃじゃないですか。

樫原 (笑)ほんとだー!たけしのやつこんなものを持って何を?

半魚 そもそも、入ってきたときと、部屋の物がだいぶ違ってますよね。「アダルト人形ネーナちゃん」とかも、あったもん。ませた中学生だっていうべきか、楳図先生なのかアシスタントの浅原なのか、だい遊んでるっつうべきか。

樫原 あはは、アシスタントの仕業かなあ?やってくれますよね。

半魚 ゲイリー・ムーアのポスターもありますね。

[補記2001-9-21 / たけしの部屋の小物は、ゲイリー・ムーア、レッド・ツェッペリン、マイケル・シェンカー・グループなどのハードロック関係のものにあふれている。ポスター、レコードのみならず、ロゴ入りTシャツ、ギター、アンプ等。「ネーナちゃん」も、当時一発屋的に流行ったドイツのバンド「NENA」である。また、コマによって、同時間のたけしの部屋の小物は変化するのは、描きミスでも設定忘れでももなく、遊戯的で確信犯的な行動と考えるべきである。「これは産業用ロボットだ」と叫ぶコマ、たけしの机付近を描いて上下で並ぶコマは、机上の雑誌のみが「リッチー・ブラックモア」と「ディープ・パープル」と変化しており、それ以外の設定は同じであるからである。また、パルタン星人のあるコマなどは特に重要視すべきで、「たけしの部屋は、ウルトラマンやバルタン星人といった虚構のアイドルから、女の子にもてるロック界へのアイドルへの憧れへと変ってゆく思春期の変化を、1コマで描ききっている。」 以上、2001年度の私の授業における柏谷匠の指摘]

◆ Apt :12 怪物

半魚 「始めに言葉ありき。非常用とは非常があって初めて作動するものでは……」の意味がよくわからないのですけど。

樫原 僕はこれ「真悟」は今が「非常」なときだから押してしかるべきなんだって判断したんだと思うんですけど。(ナオヤの行為と似てる?)

半魚 まあ、そうか(笑)。「今が非常だ」って思ってるのか。

樫原 紛らわしいですよね(笑)ここのト書き。何かくどいおじさんのセリフみたいです。

半魚 たけしの発する「近代科学のブラックボックス」って言葉は、なんつうか、キーワードですね。メガネの言ってるブラックボックスとは、意味がすこし違いますよ。

樫原 このあたりから物語の全般が見えてきてますよね。

半魚 いや、まだまだ(笑)。

樫原 でも、あの状況でそういう発想が突然生まれるなんて末恐ろしい子供ですね。

半魚 まあ、たぶん、後々暴力的な若者になるから、ほんと末恐ろしいでしょうけどね。

樫原 ははは、そうですね。でも最初よりパワーアップしてるような気も・・・(笑)

半魚 でまあ、そもそも、かなりの秀才という設定なのでしょう。裕福で(おもちゃ一杯持ってる)秀才な、いやなガキ。(笑)

樫原 (笑)今の子ってみんなあんな感じ?

半魚 ともかく、最初は「ゲームなんだから、難しく考え過ぎないように」と思ってたはずなのに、取壊し中のビルだと分かり飛出したものの、「だったらこれはゲームじゃないよ〜」とか思い始めるわけですよね。

樫原 まさに、「想像」から「現実」になった瞬間ですよね。

半魚 近代科学の持つブラックボックスとは、なんでしょうねえ。在り来りに言ってしまうと、「意識」や「感情」の成立の仕方ですかね。物理的な足し算・集積(近代科学)では決して「意識」や「感情」は説明できない、という観念論哲学かなあ。それを持ってしまったシンゴ、てな感じ。

樫原 こちらに近いような感じがしますが・・・。

半魚 あるいは、原爆という怪物を作ったみたいな、科学の功罪みたいなことをいうのかなあ。

樫原 これは、またちょっと違うような・・・(笑)

半魚 あーいや、両者を繋げると、人間の意識や感情を持たなければ、近代科学は悪意でしかない、ってことですかね。近代科学は、人間の意識や感情が無ければ、人間にとってブラックボックスになってしまう、ということ。

樫原 このテーマはかなり問題大きいかもしれません。ひいては「原爆」などの使用と類似した問題を提起しているのかもしれませんね。

半魚 そうです、そうです。

樫原 ここまで行くとさすがにうかつなことは書けないし言えませんね。

半魚 いやいや、言わなきゃ(笑)。

樫原 すんごい重くて暗い対談になりそうですねー(苦笑)

半魚 非常用ボタンを押して、エレベータを動かして、たけしの前にシンゴが登場しますが、この現れ方、ちょっとあざとすぎませんかね。

樫原 (笑)サービスでしょう。しかし、たけしにはああいう形で見えていたのでしょうね。

半魚 もちろん、そういうことでしょうが。でも、サービス過剰ですよ。いっちばん最初に読んだとき、ほんとびっくりして、あれこれ妄想してしまいましたよ。

樫原 あの「バケモノ」然とした姿にですか?

半魚 あらら〜、ほんとはシンゴは宇宙人が乗移ったのでした!とかさ。

樫原 ははは!あれって「うろこの顔」に似てません?

半魚 「恐怖劇場」での補筆の部分の「うろこの顔」なら、時期も同じですしね。『真悟』は、ギーガーの影響とかもあるんでしょ。「うろこの顔」は硬質な感じで、こちらはグニョグニョ感がありますけどね。

樫原 ああ、きっとそうですね!手などすごいですよ!

半魚 まあ、『漂流教室』の仲田君の妄想の怪虫の例もあるから、この程度のサービスで翻弄されててはいけませんね。

樫原 あの怪虫!すんごい緻密な線で描いてる個所がありましたねえ・・・。

◆ Apt :13 ブラックボックス

樫原 ここのトビラ絵の少年のTシャツに「5」とありますね。昔懐かしい探偵五郎(笑い仮面)へのオマージュかな?

半魚 ああ、ほんと。五郎も、いいキャラなのに、あんまし定着しませんでしたよねえ。

樫原 『少年画報』と共に消えたみたいな(笑)

半魚 ははは。なるほどねえ。

 たけしは、「おまえは人間なんかじゃない」って言いますが、シンゴの「ニンゲンデス」を、東京コンピュータ研究所の三人とともに、たけしも見ているのですね。

樫原 そうですね。東京コンピューターは逆探知して覗き見してたんでしょうね。

半魚 そうですね。そこの伏線が有っての、このセリフですね。

樫原 絶妙な、シーン。

半魚 この、「黒いなにか」ってのは、なんですかね。

樫原 「悪意」でしょうか?

半魚 まあ、そうですかね。「コワス」の具体的な感情ですかね。

 では、そうなると……。虹を発する毒のオモチャはシンゴが作ったわけですよね。この時は無自覚だったのが、こうしていま、具体的な感情とともに「悪意」を自覚したのかな。そう思えば、「近代科学のブラックボックス」とは、科学の持つ「悪意」ですね。感情無しになされるから「ブラックボックス」なんですよ。

なんか、自分だけ納得してますか、ぼく?

樫原 いやー、それが最も近いような気がしますが。

半魚 楳図は、アインシュタインの言う「美意識」がどうのこうのって、『14歳』関係のインタビューとかで言ってましたよね。アインシュタインのいう美意識ってのも、「科学はそれだけじゃ駄目だ」みたいな、反-科学万能主義だと思うんですけどね。(でも、こう言ってしまうと、なんか、平板な図式になっちゃうような気もするなあ)。

樫原 確かに。

半魚 すんまへん(笑)。

樫原 しかし、これ「たけし」の「悪感情」を真悟が吸い取ったような感じですよね。

半魚 吸取ったつうか、インプットされてしまったつうか、ともかくたけしの「悪意」を受取っちゃって、それによって、たけしの皮膚に触れて、そこからDNAまで一気に行って、遺伝子を組み替えちゃうんですね。

樫原 ああ、、そうかこれはギブアンドテイクの関係だ。

半魚 ああ、そうですねえ。

樫原 ここでも虹が発生してる。

半魚 そうですね。てえことは、ここでのシンゴの行為と「毒のおもちゃ」とは同じ質を持ってるってことですよね。で、「毒のおもちゃ」は、それに触れた人の遺伝子を組み替えてしまう機械なんですかね。だから、ももちゃんのパパは死んだ。

樫原 やはり「癌」だ!

半魚 遺伝子組み替えだから、エイズ(レトロウイルス)ですよ(笑)。

樫原 ははは、たしかにこれは「技術」に対しての警鐘ですね。「癌」は最終的にであってその過程に「悪なる技術」が加担している。

◆ Apt :14 眼

半魚 東コン研の三人、動きが素早いですね。もう現場に到着してる。

樫原 おまえら、そんなに苦労して見返りあるんかー?って問いたくなりません?

半魚 ここ、その前に「いそげ〜」って言ってましたね。そこを見落としてました。

「あれを作ったのはぼくだ!」と言ってますね。んー、やっぱりこのメガネ君がオオタナオヤですかね。

樫原 (笑)はいはい。そうですね。きっと(あ〜、私の持論がどんどん打ち崩されてゆく〜)

半魚 いや、そういう面とは別に、御説、おもしろいですよ。

樫原 すごい画期的だと、思っていたんですが・・ははは。

半魚 ちょっと画期的すぎるかな、と僕は思いますけど(笑)。でも、おもしろい。

半魚 「誰かが、何かを仕組んでいるに違いない!! もしかしたら、ブラックボックス」を仕掛けたやつと、関りがあるかも知れない!!」って言ってますね。

樫原 会社? 社会? 政府? 日本人の意識???

半魚 そうなると、ブラックボックスは、具体的な誰かが故意に仕掛けたのではなく、「科学の悪意」によって必然的に引起こされたものと考えてもいいのかな。それを「日本人の意識」と呼んでもいいのかな。

樫原 こう考えると、この物語、醍醐味がありますね。でも、それって当たってるような気がしますね。

半魚 んー、まあ、ぼくもそんな気になってきた(笑)。

 ゴミ袋の横を歩いてるシーン、珍しく補筆の箇所ですね。

『ビッグコミック・スピリッツ』1984年10月15日(no.19)

樫原 あっ!ホントだ!トーンの切れ目があるっ!斜線も継ぎ足した形跡が・・・(笑)

半魚 ここ、初出『スピリッツ』には、ページの下半分を使って「楳図かずおのサイエンス・レポ」だったかいう、コラムがあったところです。

◆ Apt :15 こっち

半魚 扉絵の、黒板に書かれたもの、なんだか判別できますか?

樫原 遺伝子の螺旋構造ですか?

半魚 そうみたいですね。

 そうでした(失礼しました、ちゃんちゃん)。

◆ Apt :16 さとる

半魚 日雇い労働者たちが出てきますね。

樫原 ここでも2ページぶち抜きのワザを披露してますねえ。「おろち」にもそういう個所がいくつかあったけど、それを思い出しました。

半魚 見開き頁のことですか?

樫原 そうです。そうです。「ふるさと」だったかな?ヤクザ相手に闘うおろちの見開きページにも似た・・・。

半魚 ありましたね。

樫原 執拗なまでに「真悟」に危害を加えますねー。酔っ払いはこれだから・・・。

半魚 ほんと(笑)。

 視覚を失って、触覚でさとるの跡とか分かるようになりますね。ここまでくると、もう、完全に理屈抜きですね(いや、面白さとして。笑い)。

樫原 このあたりは負けるな!真悟!!ですよね。

半魚 このへんは、応援してしまう。いっちばん最初に読んだ時は、視覚を失って、こりゃたいへん、と思ってましたが、視覚もあろうがなかろうが、シンゴには関係なかったですね。

樫原 でも、こう書くとなんだか変ですが足跡からさとるの感情まで感じるあたり、「真悟」って犬っぽくありません?

半魚 あはは。ほんと、嗅覚と触覚だけで活動するようになりますからね。僕は、最初に読んだとき、たけしくんにセンサーを壊され、この労働者たちに完全に破壊された時、「あー、目が見えなくなって、これからシンゴはどうすりゃいいんだ?」と不安に思いました。が、「目がなければものが見えない」なんて発想に楳図先生は縛られてないのですよね。このへんが、平凡な常識人には思い付かないところですよ。

樫原 いつか誰かがこれを映画化なんてしたらアメリカ人大ビックリしますぜ。(笑)

半魚 なんでこういうスゴイ作品を映画化しようとか思わないのでしょうね。でも、大林にはやってほしくないけど。アニメのほうがいいんじゃないかなあ。CGばりばりにして、原作に忠実につくってそれで十分ですね。

樫原 それ、僕きっと毎週欠かさず見ますね(笑)。永久保存版にする。みたいな。

半魚 ここまでが、全体の前半で、当時の連載形態としては、この後二回(四週間)休んで、また連載が始まるようです。

樫原 なるほど。お疲れ様でした。

[その3へつづく]


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対談期間: 2000-05-10〜06-04
2000(C)KASHIHARA Kazumi / TAKAHASHI hangyo