2023年度 龍谷大学国文学会 学術講演会

文献学とマンガ研究
- 目録作成から注釈読解、文化研究まで

高橋明彦(金沢美術工芸大学)2023-06-24(Sat)

論文:「マンガもできる国文学―楳図かずお作品の研究と文献学的アプローチ」より(すこし改稿)『國文學』52(5) 52-61 2007-05 學燈社

▸ アプローチ

アプローチの方法は多様だから。あえてあくまでフェティッシュに、目前手中のモノに対して、そこから普遍性と個別性へ。愛づ(presentation 現前)と恋ふ(re-presantation 再現前)。……としての文献学。

1.はじめに

漫画を読むことや研究することが国文学の研究に役立つかどうかは、最近まともに文学研究をやっていない私にはよく分からないが、文学研究をしっかり学ぶことが漫画研究の役に立つことは、あまりしっかり勉強してこなかった私にも実感としてよく分かるところである。
漫画も文学も、芸術としての表現形式こそ異なるが、どちらも文字(紙に印刷・書写されている)や冊子といった物理的媒体性を有し、同時にそれが理念(意味)を形成しているという点で、文献学的アプローチが可能でありまた重要でもある。文献学とは、東アジアにおける人文学の総合的なあり方を言うもので国文学に限定されるわけではないが、およそ次のように構造化される。即ち、対象の物理的側面へのアプローチとしての書誌学、目録学、本文校訂、諸本校合(異本校合)など形態的文献学。対象の内容へのアプローチのうち具体的側面としての注釈学(考証学)。抽象的側面としての主題や思想を分析する義理学、これである。文献学などと言えばいかにも机上の学問めいて古臭い印象は否めまいが、物理的媒体性と理念的意味とのリンクを研究する広義のメディア論であると言えば、すこしは新しい感じもするだろう。ただし以下では形態的文献学に話題を限る。

文献学物理的側面へのアプローチ書誌学図書の物理的状態を記述する
目録学.図書を分類・整理する
本文校訂本文の吟味・確定
異本校合..異本間の本文校訂や比較
理念的側面へのアプローチ具体面注釈学語彙の語義の確定
典拠論注釈の一部門。参照・引用文献の確定
通釈文脈の語義の確定
抽象面本質論作品・作者の思想の解明
評論

▸ マンガ(まんが・漫画)の研究

(幻コ ┌──┐評論・批評
         │    │
         │    │
I集熟 └──┘ぜ汰(社会学)
 

,亘楫錙平擁験悄法△狼賤茲らある一般の研究風享受(文芸評論)。小説、絵画、映画などと異なる漫画独自の表現方法の解明。総合的芸術論(美学)。い麓匆餮従櫃箸靴討量_茵淵タク・萌え論)その活用(漫画で町おこしなど)(社会科学)。

なお、楳図かずお(一九三六年〜)は著名な漫画家である。一九五五年にデビューし、貸本漫画( 1)作品を多く手がけつつ、同時に一九五七年から六一年にかけて『少女ブック』(集英社)、『たのしい五年生』『たのしい六年生』(講談社)など大手出版社の月刊漫画雑誌に連載を持った。その後、大手出版社からは一旦完全に離れ、規制が少なく自由に執筆できる貸本漫画界に活動の場を限定した。貸本漫画の衰退とあいまって、一九六五年三月『別冊少女フレンド』(講談社)で大手漫画雑誌への再デビューを果たし、同年六月『週刊少女フレンド』(同)の「ねこ目の少女」連載開始以降、「へび少女」等の作品で全国に恐怖漫画ブームを起す。一九六九年頃までは講談社、少年画報社、平凡出版、主婦と生活社、小学館などで月刊誌1〜2本、週刊誌4〜5本の同時連載を持ち人気作家として多忙を極めたが、一九七〇年頃には執筆をセーブすべく、たまに読切り作品も描くが主たる連載は小学館の雑誌一本に絞るという執筆態勢を採る。以降、同社の『週刊少年サンデー』『週刊少女コミック』『ビッグコミック・オリジナル』(隔月刊)『ビッグコミック・スピリッツ』(隔月刊、後に週刊)で一九九五年までほぼ休まず連載をつづけた。現在は休筆中だが、旧作の復刊も進み( 2)新たな読者を獲得しつづけている。〔補足〕2022年、新作の連作絵画「ZOKU SHINGO 小さなロボット シンゴ美術館」が公開された。

▸ 戦後マンガの展開

漫画の起源?絵巻『鳥獣戯画』、『北斎漫画』麁画・略画 ←マンガは近代的なメディアだとして、これらをマンガの起源とみる論は近年批判されるが、私は不同意。

戦後マンガは、手塚から始まる?←これも同様に、戦前からの連絡性、戦後の多様性を語るのが近年の主流。が、すべての根源ではないにせよ、影響を受けた者は多い。(さらに大手出版社の雑誌漫画(メジャー)、中小企業の貸本漫画(マイナー)、並存的二本立て。70年前後に統合)

2.新書判コミックスの登場

楳図作品のうち六五年の雑誌再デビュー以降に発表された作品は、多くが今日の通行本(新刊書がある、または古書でもよく見かけ値段も比較的安い)の所収書で読むことができる。これは一九七〇年以降の新書判コミックスの隆盛、および七〇年代末からの多版的展開(売れ筋作品を文庫判・愛蔵版などいくつも別版で刊行する。実例としては後掲の『イアラ』がこれに当たる)によるものでもある。なお、こうした多版的展開は近世以来の出版戦略と言えよう。
新書判コミックスの出版が始まったのは、決して古い事ではなく、早く見積もっても一九六六年頃からであり( 3)、実際に盛んになるのは一九七〇年代以降である。この時期、秋田書店(サンデーコミックス)、集英社(コンパクトコミックス)、朝日ソノラマ(サンコミックス)といった大手・中堅出版社が、それぞれ( )で示した叢書名【レーベル】を以って新書判単行本を展開し始めていた。楳図の場合もその所収書を網羅すれば、およそこの新書判コミックスの出現に立ち会うことができる。楳図作品の初期の新書判には次のようなものがある。

サンデーコミックス『黒いねこ面』一九六七年四月一五日
コンパクトコミックス 『まだらの少女』一九六八年六月三〇日
サンコミックス『紅グモ』一九六八年八月二七日
サンデーコミックス『ミイラ先生』一九六八年一〇月五日
キングコミックス『笑い仮面』一九六九年一月一〇日

他方、小学館・講談社といった最大手の出版社は、この分野への参入が遅かった。むしろ、自社刊行の雑誌連載の人気作品が今述べた諸社の叢書として刊行されている例が多い。小学館の最初の新書判コミックスの叢書は、白戸三平『カムイ伝』(青林堂『ガロ』連載)を擁したゴールデンコミックス(全21巻)である。同作第1巻は「昭和42年5月10日」の年記を持つから、随分遅い。
こうした新書判コミックスの登場は、漫画の原画についてかつて述べたこと( 4)と同様の事態を意味する。すなわち、漫画雑誌を出版していた大手出版社にとって漫画は月刊・週刊の読み捨て商品であった。原画は版下作成のための資材でしかなく、一度印刷本が刊行されてしまえば用済みとされ、読者プレゼントになったり、また時に廃棄された。近世出版史と比較するなら、原版(版木)の所有がすなわち出版権の保持であり、その保持体制を早く享保期に作り上げ、増刷による利潤追求を図った書物問屋と違い、増刷を意図せず時限的・一過的な際物の出版を本旨としてきた地本問屋が、遅く寛政期に至って漸く地本問屋仲間を形成し版権意識を持ち始める( 5)のに似ている。言わば、マンガが草紙から書物へと転換したのが、大手出版社が新書判コミックスを作り始めた一九六〇年代末あるいは七〇年代からなのである。

〔補足〕
白土三平は、漫画が再読可能な質を持ちうるものだとして、原画保存の必要性を初めから訴え、また発表時には制作年記を付記した。『楳図かずお論』p.327 ( 追加1)

3.少年サンデーコミックスの袖刊記

刊記(かんき)とは、書物の中に記された出版に関わる情報のことである。今日一般には奥付(おくづけ)と呼ぶほうが多いだろう。近世の商業出版においては出版者・出版地・出版年月日の3点を以って刊記と呼ぶが、近代においては印刷日と発行日が区別され( 6)、印刷業者・定価・書名・著者名・著者検印なども併記されている。ただし、それらの要素の幾つかが欠けても刊記と言う。その意味ではほとんどの貸本漫画も刊記を持っており、「貸本漫画には奥付が無い」とは、正確には「刊記に年記が欠けている」ということである。なお、刊記が本の情報(内容)に関わる概念であるのに対し、奥付とは本の部位に関わる概念である。
さて、新書判コミックスの刊記について、小学館で最大の漫画叢書となる少年サンデーコミックス(SSC)を取り上げる。SSCの第1回配本は楳図の『漂流教室』(全11巻)であり、年記は「昭和49年6月1日初版発行」である(やはり遅い)。さて、この本の本体奥付には年記が無く、カバーの左折代=袖に年記を含む刊記がある。この形式を袖刊記と呼んでおく。 ただし、初版では第1、2巻には本体奥付に年記を含む刊記があり(左袖には「著者のことば」が印刷されている)、3巻以降が袖刊記。一ヵ月後に刷られた第2版(ただしくは第2刷)では、「著者のことば」は省かれ全巻が袖刊記。第3版は未見だが、後刷では本体刊記となっているようである。
また、表記自体にもゆれがある。9巻までは版と刷の別も示さず、10巻以降でようやく「昭和50年4月1日初版第1刷発行」のごとく版と刷の別を示すようになる。

▸ 版・刷(刊・印)

近世版本書誌学では、刊・印を明確に区別する。刊(版)は原版たる版木の別、印(刷)は印刷ロットの別(初印、早印、後印)。このあたりの複雑な問題については拙著『楳図かずお論』第一〇章「復刻の形而上学」をお読み下さい。(今自分で読んでもややこしい)( 追加2)


なお、小学館の最初の新書判叢書であるゴールデンコミックスには、楳図『イアラ』全6巻も収められている。 管見に入った『イアラ』はいずれも2刷までしかないが(たぶん3刷は存在しないであろう)、いずれも袖刊記である。また、表記も初刷本は第1巻が「昭和49年8月10日初版発行」とあるのみだが、第5巻で「昭和49年12月10日初版第1刷発行」と版と刷の別を表記している(2刷では全巻とも版と刷の別を表記している)。
さて、SSCでは『まことちゃん』の初刷のうち、第9巻(昭和53年10月15日初版第1刷発行)は袖刊記、第10巻(昭和53年12月15日初版第1刷発行)は奥付け刊記に変わる。楳図作品以外のSSCを網羅的に見ているわけではないので確証は無いが、小学館がSSCの袖刊記をようやく廃止したのはこの頃だったのだろう。
袖刊記の利点は、店頭で背表紙が日焼けや破損して返本された際にも、カバー(新たな年記を印刷した)だけ付け替えることが可能である点であろう。さて、貸本漫画の出版は実にいい加減だったとよく言われるが(注8参照)、言って良ければ大手出版社においても刊記等についてはいい加減またはご都合主義的だったのである。が、これは言いすぎであろう(貸本漫画出版についても)。刊記等の明記は本質的に版元の権益確保が第一義に有ったという事を表わしているに過ぎないのであって、享保七年の町奉行所による出版条例を書物問屋仲間の結成と引き換え条件的に受け入れた、江戸の版元たちの逞しさに思いをはせるならば、これは出版という商業が一定の社会秩序の中で成立するためには避けられない事態である。
貸本漫画とて、新入荷を謳って儲けることも可能ではあろうが、貸本の本質は決して時限的な商品でなく相応の年月店頭に並ぶべき商品なのだから、年記を附さぬほうが有利なのは自明の理である。これは良く知られた見解であるが、そのいい加減さよりも強調されるべき事である。貸本漫画とてもちろん、年記は未記載でも版元名が記載されないことなどは無いだろう。彼らは決して地下出版を行っているわけではないのである。

4.トモブック社版の貼り刊記と納本

楳図のデビュー作は『森の兄妹』(一九五五年六月刊)である。同年九月には第二作『別世界』も出た。ともに東京のトモブック社の刊行で、この2著には刊記が有る。ただし、刊記情報を印刷した別葉を本体奥付に貼付した形式である(貼り刊記と呼んでおく)。
新書判マンガにも、初期の頃にはダイヤモンドコミックス、キングコミックスなどに見られる。


貸本漫画には刊記が無かったとよく言われるが( 7)、出版研究において、刊記は案外あてにならないことは良く知られるところである。近世版本は言うまでもなく、今日現行の出版物でも発売日とは最大で40日ほどの差がある。また、貼り刊記や袖刊記の場合はいかにも疑わしい感じがする。しかしトモブック社の刊記は至って正確である。

【表1】トモブック社漫画叢書「傑作面白漫画」、「長編漫画」の刊行年記と国立国会図書館への納本年記

空白は、国会図書館に所蔵されていないもの。なお現在は、国際子ども図書館に移管されている。

番号請求番号作品名作者刊記年記受入年記簡略番号
○傑作面白漫画
1丸珍力勇伝
2円盤Z杉浦茂
3ジャングル天使山内竜臣
4Y16-1377おうむ物語竹田まさお29.02.0129.02.234156
5若様お手柄日記小坂井ひでお
6鉄仮面
7山守る兄妹
8Y16-1393ピストルボーイ:アパッチ平原杉浦茂29.04.0529.04.174274
9腰元物語
10コロッケ姫
11Y16-2390夢若珍勇記香山かおる29.04.2529.05.224375
12Y16-1436よこふえ童子寺尾知文29.06.1529.06.214447
13Y16-1417ピンピンピンコロちゃん宮坂栄一30.08.0530.08.115760
14Y16-2193ひめさま詩集わちさんぺい29.05.2529.06.124437
15Y16-2036毬と殿様竹田まさお29.07.2029.08.-24529
16Y16-2260天兵放浪記杵淵やすお29.06.3029.06.264460
17折鶴千両
18Y16-2036隼三四郎田中ちかお29.08.0529.08.144562
19Y16-1129お小姓物語わちさんぺい29.09.1029.09.254629
20Y16-1973探偵物語田中久29.09.2029.10.-24639
21涙の青葉城
22Y16-970少女ネルディケンズ/原作、岡田晟/絵29.10.2529.10.-84701
23Y16-1357若君物語川田漫一29.09.3029.10.154661
24Y16-1204宇宙物語安田卓也29.10.2029.10.234677
25Y16-1310謎の大仏堂咲花洋一29.10.2529.11.-14687
26Y16-1352振袖お澄ちゃん香山かおる29.10.2029.11.-14686
27Y16-1400鳴門物語杵淵やすお29.11.2029.12.-44765
28Y16-1359平安絵巻竹田まさお29.11.3029.12.104772
29Y16-1245戦国少年物語中沢しげお29.12.1030.01.-84826
30Y16-1374山彦草紙田中ちかお29.12.1530.01.204860
31Y16-2060にんじん小僧夢野凡天29.11.3029.12.104773
32Y16-1427てるて姫竹田まさお29.12.2030.01.204862
33Y16-2387円盤少年田中久29.12.2030.01.-84825
34Y16-1949第三の恐怖小坂井ひでお30.01.2030.01.274872
35Y16-1379宝剣の霊鳥海やすお30.01.2030.02.-34892
36Y16-2056陣笠太平記藤田みさお30.01.2530.02.184922
37Y16-1991風雲八百八町大田加英二30.01.3130.02.184923
38Y16-1329神代物語安田卓也30.01.1030.02.-34893
39Y16-2006日笛月笛中沢しげお30.02.2030.02.244937
40Y16-1184疾風少年隊長田中久30.03.1030.04.-15395
41Y16-2212青空童子鳥海康男30.04.0530.04.-4不明
42Y16-1371舞扇物語香山かおる30.03.1530.03.245387
43Y16-1372紫姫さま竹田まさお30.03.2030.03.245388
44Y16-1189若衆剣法田中ちかお30.04.530.04.145426
45Y16-2075幽霊塔咲花洋一30.05.1030.05.20
46Y16-1378水爆H2号藤田茂30.04.2030.05.125482
47Y16-1254失われた世界小坂靖博30.05.1530.06.-25537
48Y16-2213嘆きの姫君竹田まさお30.04.2030.04.285457
49Y16-1261大江戸の謎小坂井ひでお30.06.1030.06.225582
50龍虎秘帖
51天使物語
52Y16-2208別世界ウメズカヅヲ30.09.0530.09.155817
53Y16-2008少年の血は燃えて田中ちかお30.06.0530.06.165755
54Y16-1968千鳥と将軍竹田まさお30.11.1030.11.105938
55黒潮物語
56白蝋紳士
57白鳥物語
58裸の町
59Y16-2117高原の乙女藤田茂31.02.2531.03.-16152
○長編漫画
1おこと姫
2Y16-582ドレミファポンコちゃん木村一郎29.9.3029.10.-84650
3Y16-1212足軽ガル平福井英一29.11.2529.12.174793
4Y16-3892森の兄妹ウメヅカズオ・水谷武子30.6.2530.7.15598

表1は、『別世界』を収める「傑作面白漫画」叢書(全59冊)、および『森の兄妹』を収める「長編漫画」叢書(全4冊)の一覧である。これらの叢書は国立国会図書館(現在は国際子ども図書館へ移管)に納本されており、その蔵本により作成したものである。番号は叢書中で作品に与えられたもの。刊記年記は刊記の年記を数字で略記したもの。受入年記は納本された日(事務作業が行われた日かもしれない、しばらく未詳)で年記がハンコで捺印されている(一桁の数字には−が附されている)。簡略番号とは、国会図書館での受け入れ作業の際に雑本(漫画類)に共通して附された通番号である(こちらもハンコ)( 8)。また、これらの叢書については、各冊巻末に番号と作品名のみの広告が一頁附されるが、そこに著者名は記されていないので、その点でも多少意味はあろうか。なお請求番号が空欄のものは国際子ども図書館未所蔵のもの(納本されなかったのだと理解しておく)。
さてこれを見れば、刊記記載の年記と国会図書館での受け入れ日とにさほどのずれが無いことが分かるのである。ただし、納本を行ったのが出版社自身か取次業者なのかは不明である。

追加:楳図かずおのデビューはいつか(執筆は中学・高校で、友人を通して出版社に預けてあった)。(1955年3月卒業)高校時代という説は崩れるであろう。楳図が不参加だった修学旅行先の熱海の駅の売店で楳図のまんがが売っていたとクラスメイトがおしえてくれた、という説。(下図:楳図かずお「自伝かずおちゃん」『ウメカニズム』より)

5.『イアラ』六諸本の校合

前述の通り、七〇年代以降の漫画出版は多版的に展開している。必然的に、それら諸版の異同についての調査が必要となる。諸版の書誌的な問題、および絵の状態に関する校異は今は措き、ここでは文字に関する問題について『イアラ』(一九七〇年初出)を題材に言及しておく。
次の六諸本があり、いずれも小学館刊で書名も『イアラ』。(行頭に附した数字は諸版異同のパターンを示す際に使う)

0 初出誌  『ビッグコミック』(隔週刊、連載14回、全284頁)
1 新書版 ゴールデンコミックス(新書判全6冊)一九七四年刊
2 文庫版 小学館文庫(文庫判全5冊)一九八〇年刊
3 愛蔵版 豪華愛蔵版(菊判上製全1冊)一九八四年刊
4 新文庫版 小学館文庫(文庫判全1冊)二〇〇二年刊
5 新愛蔵版 愛蔵版(A5判並製全2冊)二〇〇四年刊

『イアラ』 諸本 http://hangyo.sakura.ne.jp/umezz/img/era_ga.htm

この六諸本には、九〇〇ケ所を超える多大な異同が存在する。ただ校異の一覧表自体は、分量も多いしまたここに総て記す意味もないので省略し( 9)、今は校異の種別と諸版異同のパターンを数えたものを示す【表2】。

『イアラ』 諸本校異 http://hangyo.sakura.ne.jp/umezz/era/erakoi.htm

パターン_行⊇饌5号ぅ襯ゲ礁Υ岨Ц贏Ц贏叩文躬)Ц贏叩丙絞漫[合計]
0000004131220
000044178
00033312302136
0020008112232267277
00202211
002044112
00222211611962012228
0023331231106225
0100009211
010111211116
01100021416124
01101161119
01111113915551142047228
011144213
0113332215423
0120001214
012011112
0121114183319
0122221167217
012322112
01233336211

校異の種別とは、_行が異なるもの、⊇饌里琉枡院別青体とゴチック体の違いなど)、5号の異同(句読点、感嘆符、リーダーなど)、ぅ襯咾琉枡院↓ゲ礁症週の違い(驚きを表したセリフ「ハッ」が「はっ」に改変された1例のみ)、Υ岨と仮名の表記の違い(送仮名の改訂1例、「四〇〇人/四百人」など漢字の表記の違い2例、「曾良/曽良」の字体の改訂1例2箇所を含む)。Г聾斥媼体の改訂であるが、特に、誤字を改めたものと差別に関わる語彙を言い換えたものとを別に数えた。
Δ泙任蓮△靴腓擦麌週的な問題に過ぎないとも言えようが、記号の異同であっても「!」が付くか付かぬかでは、セリフの言い方にも呼吸の違いが出てくる。
い砲弔い討癲▲襯咾陵無ならば、表記的な問題であるが、ルビにした仮名自体が異なる場合には語彙が異なるとも言える。実際には、全9例しかないが、そのうちルビの文字自体が異なるのは、芭蕉の立石寺での句を引用した「閑(しずか)さや」「閑(しずけ)さや」、およびゴウと読むべき「業の深い」に初出では「なりわい」と振られていたルビが/圭馮念焚爾悩鐔された例の2例のみである。
異同のパターン(10)とは、当該校異が六諸本それぞれでどれと同じであるか、順に6桁の数字で示したものである。最も多いパターンの002000とは、 2文庫版で改変されたが、3愛蔵版以下ではそれが採用されず 0初出誌に戻った例。次に多い002222とは、 2文庫版での改訂が後続諸版に採用された例である。いずれにせよ、2文庫版での本文改訂が多いが、それらは「みる↓見る」の如きΥ岨・仮名の表記の改変がほとんどである。また、011111は、 1新書版での改訂が後続諸版に採用された例であるが、記号の改変が圧倒的に多く、0初出誌では不揃いだった句読点などの表記を揃えたものがほとんどである。これらの瑣末な改訂が多いことを思えば、楳図の作家的観点からの改訂ではなく、恐らく担当編集者の提案であったのだろう。その意味では、こんな作業をして判明する学術的な成果は、「編集者がどう仕事をしたか。丁寧だったかいい加減だったか」程度の事でしかなかったりするようにも見えるが、そうでもない。

本文校訂のあり方として、以下、校異の種類にしたがってみておく。
諸本校合や本文校訂にかかる研究が義理学すなわち主題や思想に関わる問題へと昇華していく(かもしれない)例として、些細な一例を挙げておけば、第一話で、東大寺大仏の建立を指揮した国中公麻呂が「気が狂って死んだ」とされていた部分が、4新文庫以降は「ぼろくずのように丸まって死んだ」に改変されている(000044のパターン)。あるいは、最終第七話で、遠い未来に「人間とはかけはなれた醜怪な姿をしていた」「ばけ物のような赤ちゃん」が生まれる。2文庫版のみで「ばけ物」という語彙が一切省かれている(尤も、主人公の土麻呂のセリフに一箇所だけ残っている)。いずれも差別語に関わる改訂であり、作品の意味を根底から変えてしまうようなものとは必ずしも言えないが、微妙な差異を見逃さずじっくり読み取るのが文学研究の基本だとすれば、決してないがしろには出来ないだろう。

6.おわりに―― 漫画で卒論を書くか

国文科において漫画で卒論を書くということは未だにその是非の議論があるのだろう。私はこの点に関しては存外コンサバティブで、(たとえ国文科が国際文化云々科になった今日でも)あまり勧める気になれない。
大学で国文学を研究する意義は、国文学に限らないが、学問の方法論をしっかりと学ぶことにあり、それを応用できる能力を身に付けることにある。単に知識を増やすだけでは応用が利かないだろう。学問というものを実生活とは無縁の高踏趣味と見なすならそれでも良かろうが、学問は生きる事と一つでなければ意味がない。
さて。果たして、漫画研究には未だ必ずしも明確な方法論が成立している段階ではない。ゆえに、方法論的な自覚がないまま、文学作品を扱うようにストーリー・主題だけを云々する漫画評論で終始するなら、漫画で書く意味はほとんど無かろう。
その点、文学研究の文献学的方法論が有効に働き、文学以外にも応用が利くことを強調しておきたいと思う。アニメ、ライトノベルなどサブカルチャー研究でも同様に有効だろう。その意味でも、大学では、文学研究の伝統的な方法論を学び、後々これが実生活にも応用が利くようなやり方があると思う(金儲けには繋がるまいが)。
しかし、一方で万能な方法論などは存在しないし、そもそも方法論は研究対象に内在する(ように見せるべき)ものである。あるいは、対象に何を見るかによってしか方法論は成立しない。その意味で、以上述べたところに拠って、国文学研究が出来れば漫画研究もすべて万全だといった論旨にとられても困るので、最後に、漫画に独自の表現方法について論及しようとするマンガ表現論という方向性もあることも一言お断りしておかねばならない。

【注】
( 1)貸本漫画については、出版史的にも書誌学的にも近年目を見張る進展がある。特に、三宅秀典「『全国貸本新聞』に見る貸本マンガ1〜11」(貸本マンガ誌研究会編『貸本マンガ史研究』1〜14号、二〇〇〇〜二〇〇三年)。これは、出版資料である全国貸本組合連合会の機関紙を詳細に分析した研究。また、成瀬正祐「護美之山」(まんだらけ出版部編『まんだらけ』18〜27号、二〇〇三年〜二〇〇五年)、同氏「護美之砦」(『同』28号〜、二〇〇五年〜)。前者は貸本短編誌(月刊・隔月刊などで雑誌のアンソロジー)の総目録、後者はB6判上装本の総目録。
〔補足〕
大手出版社による月刊・週刊まんが雑誌は、マンガや絵物語、少年少女小説など戦前からの子供向けビジュアル文化の雑誌伝統の伝統があり、A5判からB4判へ大型化する。他方、貸本マンガは、戦後直後の赤本を嚆矢として、B5判上装、A5判上装、A5判並装と変遷するいわゆる貸本マンガが展開される。全国におよそ三万軒あったとされる(正確な数字は未詳)貸本屋がこれを購入し、貸出した。戦後型の貸本屋として神戸発祥のネオ書房。TVが一般化する以前の子供(ハイティーンまで)の娯楽。大人の娯楽としては貸本小説もある。ただし、1964年の東京五輪頃を境に、徐々に衰退する。なお、マンガのうちB5判などは新刊書店でも販売された。
( 2)『森の兄妹/底のない町』(二〇〇五年)を嚆矢として、小学館クリエイティブより陸続と稀覯作品の復刊が進んでいる。
( 3)コダマプレス発行のダイヤモンドコミックスが、最初の新書判漫画出版と言われている。貸本漫画業界でも六〇年代末にはそれまでのA5判からB6判が出回るが、これは漫画の標準判型とはならなかった。
( 4)拙稿「楳図かずお『ガモラ』の原画一葉」(『金沢美術工芸大学紀要』50号、二〇〇六年)
( 5)地本問屋仲間の結成が遅かった原因については、「《座談会》江戸の出版(下)」(ぺりかん社『江戸文学』16号、一九九六年)参照。特に地本問屋の株意識の希薄性に関する鈴木俊幸氏の指摘など。
〔補足〕
江戸時代の本は、書物(物の本とも)と地本(草紙とも)との二つに大きく分けられる。この区別は、言語としては漢文脈/和文脈、表記としては漢字・片仮名/平仮名、内容としては学術・教養・専門書/娯楽もの、読者層としては男子/婦女子、ジャンルとしては儒書・仏書・医書・歌書/浮世草子類、浄瑠璃本、絵本、草双紙、などに分類できる。
時代により、ジャンルにより、境界例的なものも存在する。たとえば、伊勢物語や源氏物語は古典文学としては物の本(歌書に分類される)であるが、仮名で書かれた物として草紙に大きな影響を及ぼしている。また、江戸時代の初期の仮名草子や井原西鶴の浮世草子などは原則として草子であろうが、実際はこの二分類の根拠となっているのは、それを扱う本屋に区別があることである。江戸時代、商人は株仲間を作り同業者の共存をはかっている。幕府は享保の改革以降、株仲間の結成を許可し、それにより出版に関する諸規制(内容に関する検閲、海賊版の駆逐など)を仲間同士に行わせた。江戸の本屋には、書物問屋仲間と地本問屋仲間とが有る。
( 6)浅岡邦雄氏のご教示によれば、明治以降で印刷日と発行日が区別・記載されることになるのは、明治二〇年一二月の「出版条例」以降のことで、明治二六年四月の「出版法」では、こうした記載を「文書図書の末尾に」(すなわち奥付と呼ぶ部位に)義務づけたそうである。また、印刷日は、印刷が完了した日ではなく、内務省に献本した日をいうそうである。これはもちろん戦前の話であるが、貴重な知見に感謝申し上げます。
なお、浅岡邦雄の著書に『〈著者〉の出版史―権利と報酬をめぐる近代』(森話社、二〇〇九)がある。
( 7)権藤晋「貸本マンガに奥付はなかったか?――四方田犬彦発言を検証する」(貸本マンガ史研究会編『貸本マンガ史研究』11号、二〇〇三年)は、いわゆる「貸本マンガ」であっても、上装本の場合、貸本屋向けのみならず(あるいは、ではなく)一般書店での販売を主目的として出版されていたという事例を指摘している。楳図作品でも上装版『人形少女』はこの例に当たるし、本文で言及したトモブック社は、その多くに刊記(貼り刊記)を持ち、販売目的で出版されていたと思しい。そうすると、こうした一般書店で販売された作品を貸本漫画と呼ぶべきかは議論の余地もあり、本の物理的形態からだけでの判断が可能か否かも未だ判然としない(これは文献学の限界とも言える)。
なお用語として今日「貸本漫画」で定着しているが、それはかつては「単行本(漫画)」という言い方をしていた。楳図自身も、若い頃から現在までのインタビューやエッセイなどでも、「貸本漫画」という言い方はせず、「単行本」「単行本漫画」という言い方がほとんどである。
本書でも、「単行本」という語を、全集・叢書あるいは雑誌・アンソロジーに対するものとして使う場合と、貸本漫画という意味で使う場合とがある。
( 8)酒井貴美子氏(国際子ども図書館資料情報課)のご教示による。また、『森の兄妹』『別世界』に関してもご高配を賜った。
( 9)校異の一覧表を私の個人サイトに掲載した。校異を採る際の基準なども、凡例に記している。http://www.kanazawa-bidai.ac.jp/~hangyo/umezz/era/erakoi.htm
(10) 異同のパターンのうち000000とは異同が無いことであって、本来なら校異として掲げる必要はないが、誤字・誤用かと思われる箇所、別の文との整合性で問題となる箇所である。
(追加1) 「マンガは再び刻まれる。では、これが意味することは何であろうか。それはすなわち、マンガは、印刷・出版という現象を媒介とした、複製文化(複製産業)だということである。
 当たり前だろうと言われそうだが、これは決して自明な事柄ではない。かつてマンガは必ずしも複製文化ではなかったからだ。マンガという現象には、ノートや教科書あるいは黒板や塀のいたずら書きなど一回性のアウラを生命とするようなパフォーマンス的な側面も含まれるはずである。また、マンガサークルで作製された肉筆回覧誌など非複製的な媒体もマンガ文化の重要な側面だった。そして、かつてそうだったように、たとえ印刷されはしても、月刊マンガ雑誌や貸本短篇誌に発表されたきり読み捨てられていた時代もあったのである。こうした諸現象は、復刻とは無関係な、マンガのもうひとつの特徴である。
 余談めくが、だからこそ、こうした時期の発言として、長井勝一によって語られる白土三平の話が重要なのだ。この時期、マンガの原画は一回で使い捨てられる印刷原版でしかなく、著者に返却もされず、放置されたり読者にプレゼントされたりしていた。本の奥付には年記も入れなかった。これに対して白土三平は、原稿の終わりに脱稿日を明記した。なぜと聞くと、「長井さん、作品というものは残るものなんだ、残ってしまうものなんだ」と答えたと言う。「ああ、この人は作品を大事に考えているんだな、と思った」と長井は記している。「残ってしまうもの」とは含蓄のある表現である。作品を歴史的存在であると同時に反復可能なものと考えているのであろう。このとき、白土三平は、時代を超えていくような、再読に堪えうる作品を目指していたのではないだろうか。実際、白土は原画の管理にも敏感だったようである。原画さえあれば版を改めてその後何度でも作品を出版できるからである。
 こうした認識が一般化し、原画の重要性がきっちり了解されるようになったのは、一九六〇年代末から七〇年代初頭にかけて、新書判コミックスが商売として成立することに大手出版社も気づいた後からである。認識の変化を促すのはいつでも、芸術的視点よりも産業的視点なのだ。
 複製文化の第一の階梯が大量頒布・大量享受およびアウラの喪失ということだとするなら、このとき、マンガは複製文化の第二の階梯へ進んでいる。反復可能な、繰り返される文化の誕生である。いまハリウッド映画などはリメイクばかり作っているように思うが、それは単に文化の停滞を意味しているだけではないかもしれない。もっとも、ハリウッドはさておこう。古典は、複製文化・技術の助けがあってはじめて成立する、ということである。マンガに即して具体的に言うなら、雑誌に発表されたそれが、とくに一九七〇年代以降はまず新書判で単行本となる。次いで、文庫版・特装版など多判的/多版的に展開される。こうした展開のなかにいま問題としている復刻という現象が発現するのである。」
(追加2) 「いま、多判的/多版的などとこなれない書き方をしたが、様々な判および版で展開(出版・販売)されるという意味である。判は大きさを表し、新書判・文庫判・四六判・菊判・A5判などのそれである。いわば、印刷されたもの(書籍)それ自体に関わる事柄である。これに対して、版は印刷する原版に関わる概念である。原版は、それが異なるものであるとき、初版・二版・三版などと順に数で区別される。復刻(改版)にあたってセリフが変わるなどは、これに関わる問題である。
 版の区別は、書誌学が明らかにすべき最も重要な眼目のひとつである。
 版本書誌学においては、版の違い(同版か異版かということ)ははっきりしている。原版たる版木が同じか違うかでそれは決まる。版木は唯一物singulierであり、版の異同はこの客観的実在物が保証している。ただし、版木が今日まで現存していることは比較的稀だし、ゆえにわれわれが実見しているのはあくまで書籍であって版木ではないが、書籍を通して版木を想定しているのである。版木がなくとも、本だけを見て版の異同を判定する書誌学者。このような超越論的な認識を実現するのがプロフェッショナルである。たとえば同じ版木から印刷されているが、刷った時期が異なるために、表紙のデザインも判の大きさも異なる本など、江戸時代には普通にある。版元間で版木自体が売買されるから(出版権の譲渡も意味している)、版元が変わったのに同版などということも普通にある。逆に、前述の覆刻など、見た目も内容も同じであるのに異版という場合もある。
 次に、書誌学では版と刷とを厳密に区別する。同じ一つの版から印刷する際、その時期・順番の違いを、一刷・二刷と区別するのである。刷は生産の単位(ロット)の違いで、同版なのだから作られるものは同一製品である。各版に各刷があり、初版三刷、二版一刷などと組み合わせて使う。江戸時代の書籍は印刷の日時まで明記することはないから、印刷状態から勘案して初刷・早刷・後刷などと呼ぶだけだが、近代の書籍の場合は、奥付に日付とともに「第○版○刷」と明記されるのである。ちなみに英語ではそれぞれedition(版)、impression、print(刷)と言う。だからといって、西洋の概念を翻訳転用したわけでなく、日本の場合はすでに東アジアの出版の伝統のうちにあったもので、それが西洋のものともたまたま一致しているのである(と思う)。
 さて、しかし、実際には、近代書誌学者の怠慢かあるいは印刷業界がいいかげんな体質なのか、近代の版・刷の区別は案外あやふやだったりする。そのため古典書誌学を学ぶ者は、そのことを批判がましく言うことがある。初版本マニアなどと言うが、彼らが集めているのは初刷本である、などと。近代の連中は学者も業者も版と刷の区別ができていないだのと。はたしてそうなのか。」
以下、版や刷の使い方についてマンガ出版を実地に見た上で、不適格な使われ方がされていること、ただし商業の目的は書誌学的理念の実現のためではなく、あくまで本を売ることにあるわけだということ、そして「多版的展開の本質」とは、版が変わって2版3版とするよりは、新版を謳うこと、つまり多版型であることを指摘した。その上でこんな風に書いている。
「 さて、多版的に展開されるマンガにおいて、版の異同に伴って中身も違っている可能性があるから、それを見極める必要があるという話に早く入りたかったわけである。ずいぶん遠回りであったが、版の異同が必ずしも自明ではないということは言えたと思う。しかも、原版がどうだったかという実体的保証がなく、結局、本自身が「版」だとなると、次のような帰結を得るはずである。すなわち、諸版がいくつかありその諸版間にセリフなどの異同があるのか、または、セリフなどの異同があった場合にはじめて版が違うのだと言いうるのか、いわばニワトリとタマゴの循環に陥ってしまうということである。普通の学問は、こうした状態を歓迎しない。そして、これは論理的には解決できない問題である。しかし、実践的には解決可能であろう。それは文字を読むことと行間を読むこととの違いと言ってもいい。あるべき出発点は、どれだけの版があるのか把握することである。同じか違うか、どう変わったかなど、諸版の関係を云々する以前に、その母集合を定めるべく、集める。これでコンプしたと決めてかかってはいけない。次に、刊行順を見極めなければならない。ただし、先に見たように版の概念は流動的である。版の違いを自明視してはいけない、ということである。これは、貸本マンガは奥付に年記がないから刊行順を見定めるのが難しい、という問題とはまた別の難問である。諸版の全貌をつかむという作業は、原理的には常にこうした懐疑にさらされていることを自覚しておくべきである。 そのうえで、先へ進もう。」
(終り)