『洗礼』日次.楳図かずお.半魚文庫

『洗礼』の日次

2001-05-11 (Fri)


初めての錯乱 :主演映画「虹の家族」のラッシュの日。容貌の衰えと左顔面に拡がりつつあるアザのために、帰宅後錯乱し、村上医師を想像の中で作り出す。
「あなたとお会いするのはなん年ぶりでしょう」(村上医師)

その後しばらくして :折に付け、自分の子どもが欲しいと真剣に語るようになる。

その後 :だれともしらぬハンサムな男(ゆきずりの男)と一緒にいるところを目撃される。女の子を私生児として産む。あっさりと芸能界を引退し、行末もくらます。

ある日の夕方 コス・さくら、長袖のシャツにとがった襟と袖にストライプの上っ張りにスカート。その上にすそに大きくひまわりの柄の入ったエプロン。あたまにはヘアバント風のリボン。
:帰宅したさくらの顔に傷をつけたと母親が良子の家にどなりこむ。さくらもそれを追う。良子の家からの帰る途中でさくらをかばって母親交通事故、「救急医院」に運ばれる。

数日後(学校) コス・首、手首、に毛皮風のあしらいのある上着(ボタン無し)に、プリーツスカート。ハイソックス。(以下、コスチュームは省略する)
:さくらの作文「わたしのやさしいおかあさん」が文部大臣賞を授賞。テレビ出演決定。
(その夕方) :良子と帰宅する。良子は、さくらの家に遊びにいったことがない。
母に報告するが、テレビ出演を許可しない。母親団子を作っている。
(その夜) :団子をえさに犬を捕まえる母親を目撃。犬を携え母親は二階の主治医のところへゆく、さくらは思う。村上医師の実在に疑いは持っていない。
(寝室) :母と同室にツインベッドでねている。二階からさくらの部屋へ天井づたいに血がしたたり落ちる。

翌朝 :血痕は消えている。母親、主治医の実験が成功したとさくらに伝え、主治医をお祝いすると言うが、気味悪るがるさくら。
さくらは朝食もとらずに学校へ行く。
図画のカバンを忘れた事に気付き、登校途中に引返す。ドアに「さくらの部屋」の札はない。さくらの部屋のカレンダーの「15日(木曜日)」にマルのついているのをさくら見つける。カレンダーは4ヶ月カレンダーの左上だから、1月、5月、9月のいずれか。
      May 1974          初出の昭和49年5月のカレンダー
Su Mo Tu We Th Fr Sa
          1  2  3  4
 5  6  7  8  9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31   

そのまま二階にあがり、実験現場を発見。電話から母親の計画をしるが、母親に見付かり、気絶。
(午後から夕方) :気絶から醒め、母から計画を直接聞かされ動転する。鎮静剤を打たれ眠る。良子が見舞いに来る。母親は良子に、さくらが長期欠席することを告げる。

2日後(夕方) :「3日も何も食べてない」さくらへ無理矢理食事をさせる。
 すきをついてさくらそとへ逃げる。この際に二階の出窓に主治医の影を観る。良子の家に向かう。良子、気付かない。良子母「良子/そろそろ/夕ごはんだ/から/窓をしめて/いらっしゃい」。
 タクシーで連れかえる。頭を剃る。が、かえりがけにこっそり拾った石で母親をなぐり気絶させる。主治医「いかん!!すぐはじめ/なくては」。さくら、気が遠くなる。
〔■効果線あり〕
 二人とも意識恢復。いずみは手術着に着替えている。手術が始る。麻酔は針によるもの。母親先に麻酔し頭蓋骨をひらき脳味噌が露出する。次にさくらに麻酔をかけるが、意識がなくならない。さくらは自分の頭蓋骨がひらかれ脳をとりだし捨てられるのを見ている。母親の脳をさくらに移植する。

1週間ほど後 :近所の人の言「ここ/1週間ほど/どなたも/みえない/みたいだ/けど……」
さくら目覚める。また眠る。
目覚める。主治医は去り、母親はさくらになったことを確信する。捨てられたさくらの脳味噌を素足で踏みつぶす。
〔■母の脳が入ったさくらと、そう思い込んでいるだけのさくら。初読では後者は最後に明かされるだけだが、再読以降はこの二重文脈を持つ作品となっていく。母が見ていた村上医師の幻想をさくらも見るようになる。〕
(その夜):母親の死体を庭に埋める。さくらのくせを復習する。

翌日 :カツラをかぶり登校する。途中、後ろから良子が追付くが、雰囲気が違うことに気付く。
(学校) :下駄箱を間違える。ランドセルを良子にゆだね、「谷川先生」に挨拶にゆく。抱付く。醜い姿をきにせずくらすため母はヨーロッパへ行ったと告げ、谷川先生あての母親からの手紙を渡す。「拝啓 おだやかな今日こ……先生には相変らず……娘ともども感謝……さてこの」(時候の挨拶から察して、春だろうね)。さくらは先生に、では母親はみにくくなかったと思うのか、という。家庭訪問・授業参観など想定され先生は母親に面識があったとすべき。
:逆上するさくらに、先生、今度の日曜日に先生に家で全快パーティを行う提案。
(授業前) :4年3組。机の取違え。隣の席は中島
(1時間目・社会) :第4章「人と社会構成」をあてられたさくらは答えられず頭痛を装う。中島答えるが、先生がいつ結婚するか質問し、教室にぎやか。
(放課後) :先生を自分のものにしようと決心する。「第二の目的」。ボーイフレンド島くん。にわとりのピコの掃除を中島に言われる。ピコあばれ、締殺す。
(下校途中) :良子と下校するが、途中で一人で帰るという。途中、島くんまちぶせ。しかし、「わたしの欲しいのはおとなの愛よ」
(夜) :先生のだいすきなのり巻きをもって、先生の家へゆく。タクシー使う。妻子のだんらんを観る。妻は和代。息子は貢。日曜日には妻を実家にかえすこと納得。 〔■谷川和代の存在は、谷川への愛情の最初の挫折を意味する。ふつうに暮らしたいという願望が、徐々にゆがんだ行動へと変容していく。〕

翌日(朝) :迎えにきた良子と登校。「日曜日に先生のおうちでパーティーをやるんですってね」(良子)。良子、中島さん、花形さん、島くんが誘われている。昨日、島くんががっかりしていた、とも。
(一時間目・社会科) :先生「それでは今日も張り切って勉強をやろう」。16歳で結婚できるという話。中島、先生はあと7年は結婚できないという。(中島は現在9歳)

数日後(日曜日) :完全に腐ったスープをビンに詰める。皆が迎えにくる。チャイム「ピンポーン」。
谷川先生宅、部屋に飾付け、食事の用意がある。レンジ台にスープの鍋、冷蔵庫にアイスクリームがある。冷蔵庫は流し台の右にあり、右開きの1ドア(使いにくい)。さくら、すきをみて鍋に腐ったスープを入れる。冷蔵庫から良子が「プリンと野菜サラダ」を運ぶ。中島、「じゃ私はスープを運ぶわ」。谷川先生、「さくらの病気全快おめでとう」「それではまずスープでかんぱいといこう!!」。乾杯のあと少し談笑。みなスープを飲み始める。中島、さくらに飲むように進め、さくらスプーンで飲んだまねをする。中島は飲まない(中島が先生の奥さんになる云々)。ケーキがめあてという。また談笑(中島が先生の奥さんになる云々)。みな笑うがさくら笑わない。中島、指摘する。さくら、先生に奥さんがいるのではないか、ならば中島は先生の奥さんになれぬという。先生もあきれたような困ったような顔をしているが、レコードを掛けようと言い話題を換える。
島が腹痛を訴える。花形、良子も続く。中島は平気だが、みな倒れ始める。さくらも倒れている。谷川先生も驚くが、腹痛。中島に、病院、および「女房の和代」に電話を指示する。暫くして医者と看護婦がタクシーでくる。注射を打、布団で眠る。医師、「スープがいたんでいてあたったようだ」。和代は貢を連れ近所のお宮に出かけており連絡がつかない。谷川先生は「か 和代のヤツ!!」。
(その後) :次々にタクシーが来て母親が非難する。(花形の名前は純子)
和代が戻る。良子の母親がさくらも連れて帰ろうかと言うが、谷川先生は自分の責任だから自分で見ると言う。和代に、おまえがこしらえたスープがあたったのだからさくらの看病をせよと言う。
〔■谷川の家に居座ることが目的。そのための食中毒事件。〕
和代、さくらの寝ている部屋にゆく。布団のなかでさくら、わざとらしく苦しがり、谷川先生を呼ぶ。先生に、お願いここにいて、手をはなさないで、と頼む。谷川先生はそこに布団を敷き一緒に眠る。和代、スープの中に何があったのか、と疑う。それを聞いたさくらは、なぜ中島さんだけスープを飲まなかったのかしら、と言残し、眠る。和代は、貢を背負って冬物のコートを来て生徒の家にお見舞いにゆく。
和代、帰宅する。

翌朝(月曜日・晴れ) :さくらはまだ寝床。しかし目を覚ましている。ダイニングキッチンのテーブルで夫婦の会話。和代が流し側の着座。谷川、さくらは癒るまで家で預らねばならぬという。和代は皆が自分を疑って居たと言い泣き崩れる。谷川、学校へゆく。中島の他はみなお休みするそうだと和代言う。
(4年3組) :中島、クラス前の廊下でこの話題をふりまいている。事件のこと、先生に奥さんがいて、赤ん坊までいたこと。また奥さんが昨夜訪ねて来たときに、中島を疑うような発言があったと言い、お父さんお母さんがカンカンであるとも。谷川、教室にくる。谷川(たにがわ)ふりがなあり。
(夕方) :谷川、帰宅。和代に中島宅での発言を呵る。さくらは、医者は治っていると言うが、本人は寝ていて胸がまだムカムカするという。先生の奥さんが一日中看病してくれ、大好きであると言う。

火曜日(午後) :「翌日……」。和代、寝ているさくらにおかゆを持ってくる。が、食べない。先生は? と聞くさくらに「まだ学校から帰らないわ。ほかの人たちももう学校にきてるのですって」。(つまり、確実に「翌日」)。
和代、貢が眠っている間にマーケットに行くという。「いそがなくてはマーケットがしまってしまうわ」。買物かごをさげて帰る。中には、キャベツ・ジャガイモ・1リットルのパック牛乳など。玄関に入るとガスの臭い。家中ガス漏れ状態になっている。「貢!!」と叫び二階へ向かうが階段をすべりおちる。はいあがり、貢のベビーベッドのある部屋に入るが貢がいない。ガスを吸っており、また階段から落ち、玄関へ一旦出たところで、貢を抱いたさくらに会う。
さくら「赤ちゃんはわたしがたすけました。ガスの元せんもちゃんとしめておきました」。和代は安心してその場に倒れる。
(夜) :和代、右腕に包帯・三角巾でベッドに寝ている。貢のベビーベッドも横に有るが、先程の部屋と同じかどうかちょっとよく分かりにくい。谷川、「大丈夫かっ!!和代」。和代は自分がガスの元栓を締め忘れたと言う。手と足を挫き掃除も出来ない、という。さくらはもう元気になっており、泣いている貢を抱きあげ、わたしがお掃除をするわという。わたしがなんでもする、恩返しだという。この時までさくらは日曜日から同じ服装(小さい水玉模様のワンピース。セーラー風の衿にリボン)

水曜日(朝) :さくらがエプロン姿で、朝食を用意している。「おはようございます、先生」。
谷川起きてくる。谷川のメニューはご飯味噌汁に目玉焼き。奥さんへのおかゆ(一人用土鍋に伏せた茶碗)も用意している。うまいと誉める谷川。谷川を学校へ送り出す。「行ってらっしゃい。わたしもすぐに行くわ」。
和代へ朝食を持って二階にあがる。「それじゃわたしは学校に行ってきます」
和代、土鍋の蓋をあけると、ゴキブリの炊込みご飯になっている。和代、悲鳴をあげ、「だ だれか!!だれかーっ」と叫ぶ。さくら、エプロンを脱いでいる。むりやりゴキブリご飯を食べさせる。抵抗した和代はベッドからずり落ちている。さくらは泣叫ぶ貢を抱上げ、宙にほうり投げるようにしてあやすが、一層泣叫ぶ。和代、おののく。
さくら、「ハハハ」「ホホホ」と笑いながら、駆けて登校する。病後、初登校。
(学校・時間未詳) :クラス、黒板の前でさくらを囲み女子生徒集っている。良子、花形純子ほか3人。さくらは谷川の家にずっと居ることになったと告げ、ガス事件について巧みに話し、みなに和代の失策と言わせるように仕向けている。さくらは影でにやりと笑い舌を出す。
(夜・星が出ている) :谷川、帰宅する。さくらの荷物(ふとんと洋服)が玄関に届いている。あとから机とイスも届くと告げる。谷川はさくらと二階の和代の部屋に行くと、和代は狂ったように、さくらを追い出すように、という。ゴキブリのこと、貢をほうり投げようとしたことを言う。驚く谷川の右横で、さくらはにこにこ笑う。和代は「あっ。笑ったわ!!」と言うが、谷川が見ると普通の表情に戻す。ゴキブリも居ないと谷川が言うが、さくらが片付けたこと、貢をバスケットボールにようにほうり投げた事を言う。さくらは「ワツ」と泣く。和代は、悪魔などとまだ言い続けるが、さくらは泣いてキッチンへ行く。谷川は追いかけ、和代は「少し頭が混乱しているんだ」と言う。
運送屋が来る。さくらの机と洋服ダンスを運びいれる。谷川、一階の洋室(但しドアは襖)をさくらの部屋にする。
さくら、谷川に着替え(パジャマのようにも見えるが、普段着であろう。あと「はだ着」)を渡す。風呂場で着替える途中、さくらは覗き、パンツ一丁になっているところでドア(ガラスのドア)を開け、ちゃんとパンツも取替えるようにとぬがそうとする。和代が飛込んできて、谷川を非難する。谷川、「さくらはまだ四年生だっ。まだ子どもだっ」。さくら、突飛ばされる。(和代、左足に包帯)。自分の部屋に逃げかえる。谷川は和代を叱りなだめる。谷川はズボンだけはいている。さくらは、谷川が和代を呵る声を聞きながら、「ほほほ」「ランランラン」と笑いスキップしている。
谷川は和代を寝室につれてゆき、なだめるが、和代はさくらを悪魔と言い、むこうへ行ってという。谷川はおちついて「そうか。オレも疲れたから、書さいへ行く。書さいで寝る」という。ここまで谷川うえだけ裸。この寝室はドア(窓無し)。
書斎、二階にある。ドア。さくら
勉強を教えてくれといって、書斎へゆく。「いやだっ。先生のおひげ、くすぐったい」。それを和代は聞いている。涙を流しながら、階下に電話を掛けにゆく。三角巾で吊ってある右手は使えず、左手で受話器を取り首に挟み、左手でダイヤル。ダイヤルにカミソリの刃が仕込んであり左人差指を切る。カミソリをはずし再び電話、母親へ。明日のお昼までに来てくれるように頼みすぐに切る。ピアノが廊下にある。電話が掛ってくる。和代、包帯は先と異なり右足になっている。谷川とさくら、階下へおりる。教頭の山藤(さんとう)先生。「生徒が警察に保護されているから補導を……、」。和代はいかないでと言うが谷川は行く。玄関を一望出来る図あり。谷川が出た後すぐ、さくらは右足(包帯の足)を蹴り転ばす。さくら、玄関のドアノブを布で結わえておく。和代、両手をケガしており開けられない。二階で貢の泣声。あがると、貢の右脇に脳をくり貫いた猫(犬じゃないよな。翌日和代は「猫の死がいと犬の頭が」という)を結わえ付けてある。和代、口で紐(包帯みたいなリボン状のもの)をほどき猫を捨てる。部屋の明かりが消える。脳をくり貫いた犬の頭をかぶって出てくる。おどかし、二階物干しへ誘い出し、予め用意したロープで首吊りさせようとするが、和代倒れ、失敗。睡眠薬を飲ませ眠らせる。
谷川、帰宅。さくら、貢をあやし、和代は自分のベッドで「グーッグーッ」と寝ている。

木曜日(朝) :玄関(一望出来る)、谷川のローファーの黒靴を磨きあげ、ゴミをだしにゆく。谷川、アウトドア風の格好。和代が、猫の死体がごみ箱にあるはずと指摘し、あらそうが出てこない。谷川、和代を昨夜はいびきをかいてねていたくせにと非難する。さくら、谷川に「今日はいっしょに学校へ行かない?」という。
(学校・授業前) :中島が、花形と男子女子(既出)とで本の間に「さくらちゃんのだいきらいなものがいきたままではさんである」本を渡す。童話『しあわせの国の少年』。ムカデ、さくら驚き廊下に飛出す。本、中島はさくらは既に読んでいるものと言うが、花形はわたしたちはしょっちゅうという。ムカデは中島の弟が捕まえたもの。ビンにもどす。
(放課後) :ムカデのビンがないと中島騒いでいる。さくら、良子と下校する。
(谷川宅) :和代の母が車(4ドアセダン)できている。和代、訴えている。さくら帰宅する。母、貢を寝かせに二階にあがる。さくら、応接室のスタンドハンガーに掛けてある母のコートの横に立っている。コートを着て母は帰る。「正彦さんによろしくね」。
(母の車) :母は右ハンドルの車に左ドアから乗込む。運転途中、首からムカデが出てきて運転を誤り道のガケに激突、フロントガラス割れ、炎上。
(谷川宅) :電話あり、さくら出る。奥さんのお母さんが交通事故でなくなられたと言う。市立病院に入院。和代、右足に包帯。病院へゆく。
さくら、家でピアノを人差指だけで弾いている。谷川帰宅。すぐに和代も帰宅。母は死んでいなくて、怒ってさくらの首締める。
(夜中) :和代、足の包帯は膝のみ。さくらの部屋に忍び入り、濡れた手拭いでさくらの顔を覆い窒息死させようとする。布団のうえに針が仕込んであり、逆転。さくら、パジャマ(花柄・綿のネグリジェ)。和代、(ノーブラにリボンのワンポイントのパンティ、白のネグリジェ)。熱したアイロンでさくらは和代を脅す。髪をすこし焦し、ネグリジェを茶巾寿司状態にして、パンティを脱がして陰部を焼こうとするが、コードがはずれていた、と言う。和代、逃げかえる。

金曜日(朝) :キッチンで和代、谷川に「あなたっ!」「あの子とわたしのどちらを」「どちらを愛しているのですか!!」と聞く。さくら、見ている。ネジュリジェのまま。谷川、怒り、最後に「わたしが愛しているのは残念ながらおまえだっ!!」。さくらについて聞かれ、「もちろん愛している、教え子として……」。さくら、両目から涙。キッチンから出る谷川、さくらに気付くが、今起きたばっかりという。後ろから和代、さくらを指差しながら、「なにが純真よ。こいつは子どもじゃないわ!」「そうよ。子どもの皮をかぶったおとなのバケモノよ!」
勝手口から、「まんまる商店」の御用聞きが声を掛ける。ひもの二人分たのむ。
〔■さくらをだます谷川夫婦の芝居/この二人の会話をさくらは物陰から聞いている。谷川夫婦はさくらがこの会話を聞いている事を知っている、と解釈するのは難しい。この夫婦の会話は芝居ではないだろう。しかし、この当りから、谷川正彦は事態の異常さに気づき始め、翻弄されている外見とは裏腹に、冷静かつ客観的に状況を認識しようと努めていたと考えなければならないだろう。〕
(登校時) :さくらとあるく谷川、学校が終ったら映画を観たり買物をしたりして遊ぼう、と誘う。
(放課後) :校門に「曙小学校」。良子に断り、一人で帰る。帰途、谷川と待合わせ。「パーラー花」で飲物。谷川はコーヒー、さくらはジュースらしい。次にデパート。エスカレータで転ぶさくら。ブローチを買ってもらい涙ぐむ。映画は、リバイバル映画「若草いずみ主演『真昼の夢』」の大きな看板、さくらは若いころから脳移植までの一連の事を思い出す。気分が悪くなり、映画は見たくないと言い、「公園」で休む。
〔■公然の秘密説/谷川が選んだ映画が若草いずみ主演映画であったことは、単なる偶然なのか。上原さくらの母はかつての大女優若草いずみの娘であることは、ある程度公然の秘密であり、知らぬは母子ばかりであったという可能性はあるのか。はたあきみの存在と齟齬するだろう。〕
〔■公然の秘密説2/さくらには、女優時代の母の記憶が存在している。母と同じく幻想の村上医師を見ることと、同じ程度だけ不可解な事態(つまり同じ程度には許容可能である)。母は、さくらを産み育てる中で、毎年帽子こそ買ってはいたが、常に狂っていたわけではなく、時に狂い出すと理解したほうが良いと思う。普段は、愛情深い母親なのである。尤も、その愛情の根本には、脳の入れ替えが有るわけだが、普段その意識は抑圧されているのだ。〕
さくら、電話を掛ける。良子へと偽り、まん丸商店にかけ、和代を装い浮気を誘う。勝手口の鍵は壊してある、と言う(事前に壊したのか「あら、用心がわるいからよ。いつも一人のときはそうすることにいるのをごぞんじでしょう」いう発言がある)。さくら、谷川とすべり台、ブランコで遊ぶ。
まん丸商店、干物をもってきて勝手口から二階に上り和代を犯そうとするが、拒絶。まん丸商店の御用聞きは自転車で逃げかえる。
さくらたち、帰宅する。病院の母のところで泊るという置手紙、谷川はおかずをかいに出、さくらはご飯の用意をする。
買物をしてきた谷川に、風呂に入るように進める。谷川のあとからさくらも風呂に入る。
(夕食後) :谷川、服を背広に着替えて外出。奥さんのところであることは、さくらも了解している。外で、近所のおばさんが和代が浮気していると噂している。
さくら、自分の部屋を飾り付ける。香水なども振りまき、布団一つ敷いてある。午後10時4分、コス・白いネグリジェ、胸元はスクエアでフリルに黒い蝶リボン、裾は大きくフリル。に着替えている。
谷川酒に酔って帰ってくる。
〔■谷川夫妻の芝居/(谷川立人の意見)。この間、谷川正彦は妻に自分を信じるようにとだけ強く言い聞かせ、計画の具体的内容は話していない。谷川は、さくらの出方を見、かつ安心させるために、さくらに屈服したような芝居を独断で行い始める。〕
玄関で倒れている。二階へゆこうとする谷川を、自分の1階の部屋に引入れる。布団に寝かせ、服を脱がせ谷川にキスする。さくら、森の中でアゲハ蝶を捕まえる、イメージ。コス・胸元に飾りがあり、側面にフリルのついたワンピース。はだか。
さくら、無意識に寝返りをうち被さってしまった谷川に「抱いて!もっと強く。もうはなさないわ!」。そのまま一緒に眠る。さくら、裸で森のなかを走る夢。

土曜日(朝) :目覚める谷川。記憶がない。さくらは、夜谷川が忍んできたという。谷川、自分の行為におののく。さくらの目覚めの顔がかわゆい。
朝食。
コス・リスト。二階の和代の服や化粧品をさくらの部屋にもってゆき、さくらのものを二階へあげる。朝食時および登校時に、奥さんと別れるのよと言聞かす。谷川、無言。ネクタイ、昨日夜と同じものをしている。 〔■谷川夫妻の芝居/なお谷川正彦は、後に離婚届まで用意する。〕
(朝、教室) :さくら、中島に一言。中島、花形・良子、もう一人と話。昨日のさくらの行動(公園で谷川先生とブランコなど)や電話などを話し、すでにさくらは死んでおりだれかがさくらになりすましているという。1時間目の前に、中島、三角定規でさくらの指紋を取る。中島はさくらの左隣の席。二人掛けの机。
(休み時間) :「リンゴーン」チャイム。校庭で、中島以下3人、「さくらちゃんが病気で学校を休むよりずっとまえに習字の時間に取りっこしたのよ」という手帳の右手五本指の指紋。アルミ粉(ふん)を使って三角定規の指紋を調べる。羽ボウキでアルミ粉を払う。親指の指紋、同じ。裏についた他の指も調べるが、四本とも同じ。指紋の位置は、三角定規に対して、親指は面ともに同じ、ただし裏面の四本指の位置が違うと思う。花形、あきれる。中島、ひとりでも秘密を暴く、という。
(放課後) :「リンゴーン」チャイム。。校門外に先に行くさくらを、良子・花形・もうひとりが追いかけるが、仲間はずれのほうがいいといってさくら先に帰る。中島、跡を付ける。「天ぷら」「木村書店」「女性自身」の看板見える。谷川宅と関係ないほうにあるいてゆくさくら、中島は秘密在りと確信する。さくらは壁に矢印をかいている。中島、さくらを見失い、矢印の指示にむかってあるく。工場地に出、コンクリートの地下室跡を見つける。矢印は中に続いている。中島、中に入るとさくらは居ず、ドアがしまる。さくら、そとからコンクリートのかたまりでドアに重しをのせ、ドアが開かない。トラクタ(実際はブルドーザ)が来て、地下室跡を埋める。さくら、「さようなら中島さん」。「飛んで火にいる夏の虫って……あなたのことね」。
さくら、家に帰る。家の前で立止まっている。お婆さんの質問に、何歩でドアまでゆけるか考えていたと答える。
和代の報復を予想しているが、ドアノブに触れると電流が流れ、ショックで気絶。家の中に引きずられ、さくらは気絶から意識を回復しているが口と手足を縛られ袋にいれられる。さくらの部屋(一階)の押入にいれられる。ピンポーン、谷川帰宅。さくらは出ていったと和代は言うが、さきほどのお婆さんが来て、女の子が何歩云々を言い、ここで悲鳴が聞えたと言う。谷川は家の中を捜すが、見つけられず家に帰ったかも知れないと外へ出る。和代、貢の乳母車にのせ、電車に引かれたことにするため、外へ行く。踏切りで袋をはずし、気絶したままのさくらを踏切りに置くと後ろに谷川。さくら助かる。あたりはもう薄暗い。
〔■谷川夫婦の芝居/これは和代の単独行動。〕
(夜・星空) :帰宅、さくらは二階の部屋で寝ている。和代は下の部屋でわめいている、と谷川。「違う/話し合えばわかる」(谷川)。さくらは明日になったら和代を病院へいれろと言う。洋服のまま寝ている。
和代、下のキッチンで半狂乱になっている。谷川、なだめようとするが、和代、「ハハハ、ほほほ」と笑っている。
さくら、階段で様子を聞いている。服はさっきのまま。

土曜日2(朝) :タクシーが来て、和代を病院につれてゆく。「いやよ!!私は病気じゃないわ」(和代)、「そうじゃないんだ/病院のお母さんを見舞いに行くんだ」(谷川)。さくら、キッチンで勝利を確信し、「わたしはただふつうに……」「ふつうに生きたいだけだから」と涙ぐみ、手をあわせる。
教会の風景。
「今日は土曜日だわ」「そして明日は日曜日」。
学校へ行く。「ラララ、ランランラン」と走りながら。良子に会い、「はればれとした顔をしている」と言われる。
(校門前) :「曙小学校」。花形らが立話。中島が昨日埋め立て地で埋められてしまったところをみつかったと言う。 〔■さくらは結果的に人を殺害にまで追い込まずに済んでいる。はたあきみにしても、交通事故であり、かつ死んだとは限らない。これは作劇的配慮であり、読者にとっても救いである。これは高松翔に人を殺させてしまう『漂流教室』との大きな違いである。〕
(放課後) :「リンゴーン」チャイム。谷川、学校を休んだ。さくら、良子、花形、既出女子とで中島の見舞いにゆく。玄関に出てきたうなだれる中島の母「会ってもムダだけど」。中島、目を見開いたまま髪の毛真っ白になっている。みな帰宅。 土曜日2・夜:谷川帰宅。和代は潜在的に病気が在ったと告げる。さくらの「愛している?」にたいして「愛しているよ」と答える谷川。さくらには、母からの三百万円の貯金がある。上原さくら名儀。 〔■この土曜日、谷川正彦は和代を病院に連れて行くと称して朝で掛け、夕方帰宅している。学校は休暇を取りそのまま語りあった見ても良いし、朝実家に和代を届けて午後改めて訪問して語り合ったとしても良い。いずれにしても、この日、谷川正彦は和代をきちんと説得したはずである。その上で、偽の離婚届けまで書かせたわけである。「愛している?」の問いかけに対する態度の明らかな差異も、谷川の気構えの違いを意味している。〕
階段を降りるとき、足が持つれ倒れる。
葡萄酒で乾杯し、ワルツのレコードを掛け、ふたりで踊る。谷川、リラックスしたばこ(チェリー)を吸っている。谷川がレコードをもう一度かけに行った時、火のついたままのタバコとは別に、もう一本に日を付け、吸い、消す。帰ってきた谷川、煙草の吸殻を奇妙に思う。さくらの声は年取った女のようであった。 〔■さくらは幸福の絶頂にいる。勝利の美酒。同時に、退転への不安・予感。〕
本来はカラーページ。さくらの顔にゴミと指摘される。ほくろであった。二階の鏡台で確かめ、驚く。谷川がくる。「明日は日曜だしゆっくりおやすみ」。

日曜(朝) :母親の夢を見ている。 〔■夢の内容はさくらにとっても既知のものであり、脳の入れ替えが無かった地点から読むときには、さくらの視点からの内容にしか見えない。〕 ほくろが大きくなっている。 「もとへもどってしまうんだわっ!!」。「精神安定剤」の錠剤をのみ、階下に降りる。谷川、レンタカーでのドライブを提案する。「そうだな。海なんかどうだろう」。 〔■谷川夫婦の芝居/海へのドライブは、シナリオ通りとみてよい。〕
(車の中) :コス・さくら、上がおおきなフリルのついた合せエリ、スカートは裾に一連の花模様のワンピース。薄い色が着いている。谷川、和代との離婚手続きのため、病院へ寄ろうと言う。さくらは行きたくない、というが、そのほうが離婚の決心がつくと言い、強引に誘う。
(病院) :精神科病棟に入り、壁に「精神科」の札。谷川は、さくらにある一室(応接室)で待つように指示し行く。さくら、受付にゆき谷川和代の病室を聞く。看護婦、そんなひとは入院していないという。さくら、しょっく。「な なんのためにわたしをこんな病院へ……」。先生を探し病院内をうろつく。診察室で、谷川は医師にさくらのことを話しているのをみつける。医師とつれだって部屋にゆくとさくらがいない。さくらは、レンタカー(黒)に「やっぱりさきに帰っています」の貼り紙をし、「丸田薬局」の看板あり、「個人タクシー」(車の天井)に一万円払い、奥さんの実家のほうへ行く。海辺。家を見つける。「森本」。縁先で貢をあやしている和代を発見。そこへ谷川がくる。さくら、海辺へゆき、泣いている。
海辺で泣くさくら。
和代実家。四時五分過ぎ。谷川、帰る。
谷川帰宅。離婚届けを見せる。
(夜) :アザ大きくなっているのを見つける。おののき、村上医師に電話をする。
良子、部屋で宿題をしているが、には「根性」の額あり。さくらの心配をしている。明日思い切って話しをしようと思う。

(月曜日・朝) :良子、さくらを道の途中で待っている。さくら、裏道から現れる。細い横縞のワンピース、胸元に広く白い襟。左目にかけて鉢巻状の包帯をしている。さくら、あなただけにうちあける、と言って包帯をとりアザを見せる。良子は、遺伝なのかと疑う。さくら、包帯について、ケガをしたことにしたいといい、みんなのいる前で突飛ばすよう、良子に協力を求める。学校の門の近く、「原山建設」の建設現場でみなが来るのを待受ける。「三和銀行」「清水建設」の看板もある。くる友達三人。一人は花形さん。一足先を歩いているさくら(包帯はしてない)を、良子は、後ろから驚かそうといい、わっと言って後ろから押すと、さくらは道脇の空地にある鉄条網に顔をぶつける。左目のほうから血を出すさくら。八人くらいの子供達が集ってくる。良子も意外な展開に戦いている。さくらはみなに、大丈夫よと言って、良子と二人で裏道に入り、包帯を捲きなおす。
月曜日(授業前) :教室に入る。みな、「大ケガをしたんですって」と騒いでいる。さくらは、「そんなにたいしたケガじゃないわ」と言い、「ホホホ」と笑っている。良子は、さくらのためとは言え、自身の行為に暗い表情をしている。
授業中(教科は不明だが、教科書が縦書きだし国語か社会科だろう):クラスメイトが、良子がさくらをケガさせたと噂する。良子はそれを耳にとめるが、「なにを言われても平気よ。さくらちゃんのためだもの。それにわたしがケガをさせてしまったんだから……」と思う。さくらが指名読みしている。それを見て良子は、「このごろさくらちゃんたらお母さんそっくり……」と思い、中島の「だれかがさくらちゃんになりすましているのよ」という言を思い起す。
(図画・校庭で写生) :みなはスケッチブックに、校庭のホーレンソウ・カボチャなどの写生をしている。良子、さくらと並んで写生している。さくらの絵が「いつものかきかたとちょっとちがうわ」と思う。提出の時間となり、良子はさくらの分も持っていってやる。名前が「上原松子」と書いてある。良子、驚きこっそり書き直そうとしているところに、さくらが後ろからのぞきこみ、驚愕する。
(下校時) :さくらは良子に「わたしの秘密を……」打明ける、という。電柱に「引越しおまかせ下さい!マツミヤ運送TEL3091222」 ここでは言えないといい、自分の家に連れてゆく。
鍵をあけ、おやしきにはいり、「わたしの部屋へ」と案内するが、「さくらの部屋」のプレートのある部屋は通り過ぎ、母の部屋に良子を入れる。イスにすわらせ、紅茶を持ってくる(この紅茶は、良子の動揺の表現として効果的な小物)。さくらは、自分の身の上話をはじめる。

今から、四十八年も前のこと。
さくらの母親の家は没落してとても貧しかった。四歳の時、映画監督の目に留まり、たちまちスターとなった。すでに、女性でもはっとするほどの美貌を持合わせていた。彼女の主演する映画はすべて大当りをとった。
彼女の芸名は若草いずみ。自身でも自分の美貌を自覚していた。
大津安二郎監督「にごり竹」のヒロインの子供時代の役が当てられたとき、おとな時代を演じるのは田中絹子。他に、佐戸利信、佐野周三、岡田寺彦。
田中絹子を見て、突然泣出し、訳をきくと、「わたしはあの人みたいにぶさいくじゃないわ」と言ったという。 「にごり竹」は大成功であった。
彼女は日増しに美しなり、彼女の精神は年齢以上に成熟していた。彼女の身の回りは実の母親がみていたが、その身なりや犠牲的な働きぶりは他人からは親子には見えなかった。父親は病身であった。ある時、撮影でちょっとしたアクセサリーが必要となったが、母親はいずみのために紙で花のついたりぼんをこしらえた。
翌日、撮影の折、それをやぶり捨てる。ここから本来カラーページ。母を平手打ちにする。
その夜、熱を出しうなされる。母親「昔はよかった。いつもかかりつけの先生がそばにおられて。」と述懐し、医者を呼びにゆく。母が留守の間に、医師が一人部屋に入ってきて、「安心しなさい。わたしはかかりつけの医者だよ。お母さんもあとからすぐ帰るからね」と。さくらは、熱の原因を、りぼんをつけようとして近づき、その時に白髪や手のしわをみて、「わたしちゃんと知ってるわ。だれでもかならず年をとるんですって!!」「お母さんみたいになりたくないの!!」とさけぶ。医師は、穏やかに話を聞き、「心配しなくてもいいんだよ。もしそんな時がきたら、かならずわたしがあなたを助けてあげるから。」と言う。いずみは安心して眠る。
その時母親が部屋に入ってくるが、熱が下がっていることに気付き、おどろく。医師がそこにいることには気付かない。その後、彼女は母親が近づくことをきらった。
〔■本当の、はじめての錯乱/老いて容貌が衰えることの自覚。それが錯乱を産みだした、ということ。年を取った自分としての母、それを憎む話というのが本作の本質である。美に対するあこがれというよりは、(不可避な)醜に対する不安である。人(女)に必要なのは、老・醜を受け入れる、あるいは昇華することである。〕
その後、成長したが、たびたび激しい苦しみに襲われる。が、その理由はだれにも分からなかった。その都度、彼女はおさないころからの掛りつけの医者の世話になった。この医師にあうと、会うだけでいずみの心は安らいだ。
父母が死に、いずみは一人になったが、美しさをなくすことに較べれば、家族の死など哀しくなかった。彼女の人気はさらに高まり、永遠の聖美女と呼ばれた。
しかし彼女は、苛酷な仕事、厚いドーラン、強すぎるライトなどのために、今若さのさなかにあるというのに、もう若さを失いつつあった。
そして顔の左側のひたいから目尻にかけてくっきりと青いアザが出来始めていた。それが現実となり、半狂乱となるいずみに、医師は、女の子をうみ脳味噌をいれかえるという計画を話す。医師はその実験をしており、これは自身の子供でなくてはならないという。大きなカケがあり、それはいずみがはたして女の子を産むかどうかである、男の子なら殺すのです、どうでうかやりますか、と決断を迫る。いずみのおそれの表情は、確固たる決意のそれにかわり、決断する。そして、もうどんなに醜くなっても平気だとおもい、安心する。 〔■安心を得た、母の穏やかの顔。しかし、それを保障しているのは狂気である。〕
一旦、現代にもどる。手に持つ紅茶のカップとスプーンが、良子のふるえによってガチガチと音を立て続ける。
いずみは、はじめて人に隠れて家を開けゆきずりのおとこと一晩をすごす。
やがて女の子が生まれ、さくらと名付ける。
あるとき、ばあやが訪ねてみると、空家であった。彼女は先生と一緒に新しい町へむかった。列車の中で村上医師は不自然な位置に立っている。完全に芸能界から失踪した。
こうしてこの街はずれの古びた洋館へやってきた。二階では先生が生体実験を繰返していた。さくらは何もしらずに美しい少女に成長していった。が、何かを感じたのだろうか、決して二階へ上がることはなかった。
彼女は、いつも帽子を買ってはさくらの頭の大きさを計った。
ついにその日が来た。
電話のシーン。「そのためにおまえを産んだんだよ」の「おまえ」が前と違うセリフ。直接会ってからの「そのためにさくらを産んだのよ」の「さくら」も前と違う。
そして、手術が行われ、さくらの脳味噌は捨てられた、と言う。 〔■さくらの記憶と母の記憶/当人しか知らぬはずの記憶を別人が持っていることは、通常では考えられない事態である。これは、極度の思い込みによって頭の手術痕を作り出すことと以上に不可解な事態と言える。母親の異常性は、村上医師との計画以来ずっと常時その計画を意識に保持していたことでなく、むしろ途中でなんどもそれを抑圧し、時にそれが噴出するような所にあるのではないだろうか。抑圧時すなわち平時には、自分が女優であったことも肯定しており、ほのめかす程度であるだろうがそれをさくらに語る。顔のアザにしても、そうした仕事で出来たものなのか、生まれつきなのか、さくらはこれまでに何度も齟齬する話を聞かされており、それがさくらの不安定な精神を醸成してきたのである。生まれつきアザがあったというのはウソだ、という母親のせりふも、実は以前から何度か聞かされているのだ。そういう仮説。多少ご都合的にすぎるが、そうした齟齬・矛盾を、さくらは合理的な物語を作って解消しようときてきた。母親のほのめかしが具体的になればなるほど、さくらの解釈と母親の女優時代の現実とは近づいていく。もちろんさくらは、それゆえにかえって不安定な精神となるのである。〕

現在に戻る。
さくらは、カツラごととって、頭の手術跡を見せる。良子、驚きのあまり、イスから転げ落ちる。そのとき、イスの背凭れにかけたランドセルからものが飛出す。万年筆もそこで出る。
141、202、216頁に、ふたりの話をしている母親の部屋が描かれるが、これはいずれも辻褄があっている。机の横に電話あり。
そののち、手術から目覚めさくらの脳味噌を踏みつぶしたこと、母親の次第を用意していた穴に埋めたこと、動物の死骸を捨てたこと、など語る。 〔■動物の死骸は現実に存在している。村上医師は空想のもの。〕
そして、学校にゆき、谷川先生のお嫁さんになることを第二の人生とし、パーティでくさったものをいれたこと、先生の奥さんをいじめたこと、ガス栓のこと、先生を誘惑し勝ったこと、しかしホクロがアザに拡がったことまで、話す。
良子に、先生の奥さんへ脳味噌を移し変えるという計画を話し、だまして連れてくるように命令する。母親の埋っている場所を教え、明日手術をすることを告げる。鍵の置場所を教える。良子はもはや茫然と、あるいはヒキツケを起こしている。母親から、谷川先生宛の外国郵便も用意してあり、良子にポストに入れるように命令する。手紙の筆跡は母親のもの、切手はデパートで買いスタンプは判子屋にあつらえた。
谷川先生の家に帰り、良子は谷川が帰宅するまで近くで隠れているように言う。さくらは家にはいり、良子が裏切れないことを確信している。
さくら、フリルの襟のブラウスにひもリボン、つりスカート。
台所のテーブルに菓物とカーネーションの花束を生ける。
谷川、帰宅する。きゅうすでお茶を入れる。手紙がきた音、谷川にとりに行かせ、母親からと知って谷川驚く顔。
良子は困憊して帰宅し寝込む。先程の話を思い出して、だれにも言えない、と苦しむ。夕飯を食べるが、ノドに通らない。平気なふりをしていようと努め、勉強をしようとするが、ランドセルをあけて万年筆がないことに気付く。散歩といって、外に出る。
さくらの家のまえでは近所のおばさんが、幽霊屋敷とうさわしている。
良子、門の鍵をあけ、家の中にはいる。母親の部屋に万年筆はない。
二階にあがってゆくと、若い男がいる。
「ルポライター 波多あきみ」の名刺を出し、若草いずみのその後の生活を調べている。家まで突止めたという。知っていることを話せ、と一万円わたす。良子、逃出す。
家に帰ると、握っていた一万円札を引裂きごみ箱に捨てる。良子の机。

火曜日(朝) :良子は布団の上でうなされている。母親、看病している。ドアを叩く音あり、母親出ると、ハンサムなひとだったという。良子、やっぱり学校へ行くと言って出てゆく。「ゆうべのこと、さくらちゃんに知らせなくちゃ!いくら脳みそがお母さんでもさくらちゃんにかわりないわ!!」。ランドセルの左のベルトを押えながら、走る良子の目には涙。
良子、道の途中でさくらを待っている。
さくら、歩いている。袖口が挑灯型でスカートの裾が白いワンピース。包帯はそのまま。
波多あきみ、さくらを待伏せる。若草いずみを調べているうちに別な事に興味を持った、という。家を調べたといい、動物の毛、タイルの裏の血を見せる。メスやピンセットもあった、という。
良子の手引で家に入った、と言う。良子の名前は、家のポストなどで確認したと思う。そして良子が何もかも話してくれた、という。
そこへ谷川先生。あきみは、さりげなく逃げる。
先生と歩き始めるが、忘れ物といってさくらは引返す。自分の家にゆく。
「さくらの部屋」をあけ、お人形の中にあったメスを確認し、庭の動物の死体を掘返して確認する。ワナか、と疑った時、あきみ後ろにいる。あきみ「ほほう、なるほど。思ったとおり、やっぱりネコやイヌの手術は本当だったんだ」。さくら、吐く。あきみ「どっ、どうしたんだ」、と近づくところへさくらメスを突刺す。が、あきみは左手で取押さえ、ねじふせる。包帯をとろうとして、カツラごととって驚く。「手術のあと……。それに、アザ……」、「動物の死体……。頭にくりぬいたあな……」。あきみは連想し、じっくりきかせてもらおうという所へ良子がきて、機転を利かして「おまわりさん!!こっちですっ。早く来てくださいっ」と叫ぶ。が、あきみには見透かされている。あきみは余裕で、今日は引上げる。さくらは、良子に喋ったのかと問いただすが良子は否定。カマをかけたのかのか、本当になにか感づいたのか……とさくらは疑う。さくらは、知られても平気よ、どうせ手がらを自分のものにしたいから人にはしゃべらないから、それに……ころすのだから、とさくら。
「今日はこのまま学校へ行くのよ。」、奥さんのことは後回しにする。「良子さん…あなたにはこれからがんばってもらわなくちゃ」。良子をささえながら登校する
校門のところで中島が走りよる。中島は回復している。中島さん、さくらに疑ってごめん反省しているというが、朝早くへんな男が訪ねてきたのでついしゃべったという、でもたいしたことないでしょう、といい、走去る。
(学校ひける) :さくら、良子にあきみの旅館をつきとめるように命令、しかし、案の定待伏せしている。
あきみの顔につばをはきつける。あきみ、あんたに会せたい人が入る、とうそぶく。まっすぐ谷川先生の家に帰る。谷川が作に帰っていて門前で待受けている。」
谷川先生は、「お客さんがみえているという電話が学校にあったもんだから、先に帰ってきたんだ」という。 〔■誰が電話したんだ? 「お客さんがみえているという」という語感には、家族からの電話のようなニュアンスがないか。あきみが電話したとは思われない。なるほど、近所の人を使って電話かけさせたのだな。〕
見れば、玄関先に「ばあや」がすわっている。さくらは思わず、「ばっ……」「ばあ……」と叫びそうになる。ばあやは「お嬢さまっ」と叫んで泣きながら縋り付く。ばあやのに持ちはハンドバッグ一つだけ。
ばあやは、「あの小さかったさくらお嬢ちゃんが、こんなに大きくなられて……」と言う。 〔■(ここはおかしい)。さくらが記憶に無いばあやをみて、すぐにばあやだと分るのもおかしいが、ばあやにしてもそれは同様である。二人共に思い込みである。可能性のある疑いとして、ばあやがはたあきみのこしらえた贋者であった、ということが考えられよう。しかし、ばあやは図像的にも母の女優時代のそれと同一であり、かつ村上医師が幻想であることの事前の証拠の発言者として存在していて、贋者ということはあり得ない。〕
さくらは涙をながしている。
「あなたがお生れになった時、お母さまはどんなに……どんなにお喜びになられたことか……」「それなのに、あなたがたは突然……突然お姿をおかくしになられて……どうしたのかと、心配で心配で……」。
さくらは、平静さをとりもどしつつある。
ばあやは、母のことを尋ね始めるが、さくらは拒絶する。そして、「わたし、あんたなんか知らないわ。あんたはいったいだれに頼まれてやってきたのよ」。
後ろから、あきみが、「オレさ」。そして、「航空会社の知りあいに調べさせたが、この少女の母親は、外国には行ってない」という。谷川先生は冷静に、「それはどういうことかね」と聞く。「外国にいないということは、国の中にいるということです」と言い、それ以上は「わたし個人の仕事にかかわることだから」言いたくないという。
さくらは、「安っぽい人情劇にまんまとのってしまって、涙なんか出るはずがなかったのに」。そして、あきみを指差し、人間のくずのようなおとこと言い、「いずみがどこにいるかおまえさんが探しても絶対にわからないだろうよ。おまえさんがどんなふうに思っているかは知らないけど、いずみは今もちゃんといきているのだから」。あきみは、これから東京へもどっていずみのかかりつけの医者というのを調べる、と言う。
ばあやは、「お嬢さま。あなたのお母さまのかかりつけの村上先生のことは、わたしが申し上げました……いけなかったでしょうか……?」と言う。 〔■ばあやは、いずみの意識の中にしか実在しない村上医師のことを知っている。足音も聞いている。ただし、ばあやが錯乱しているというわけではないはず。〕
あきみは、「村上はとっくに医者をやめているらしくて、はっしりした住所はわからないが、みつけ出すのにそれほど時間はかからないだろう」といい、出てゆく。
ばあやは、かえりがけに、村上の奇妙な出来事についてかたる。さくらの生まれる少し前、いずみが取乱した様子で帰り、ばあやも帰ろうとしたが、心配だったのでドアにミミを当てると、いずみのすすり泣き、同じ階下のだれかが来たので部屋にはいると、真っ暗で、いずみはだれかに電話をしていた。あいては村上先生だとすぐわかった。 そのままバスに乗って帰ったが、眠れなかった。翌朝、夜明け前に出かけると、話し声。ばあやは村上先生の顔をみたことがない。 村上先生の帰る声がしたので、あわててエレベータにかくれ1階におりたが、だれも降りてこなかった。 そのままいずみのへやにあがったが、すでに村上医師はいなかった。
谷川は、ばあやを駅まで送りに行く。
さくらは、行かないという。ばあやは、「でございましょう……お嬢さまは生れたばかりでわたしのことなんか、覚えておいでじゃありませんもの……」(53p)
さくらは良子の家で勉強してくるといって、ふたりでゆく。玄関から出て、左方向に良子の家がある。谷川はばあやを駅に送る。これは、学校の方角で右側。
途中、タバコ屋の赤電話で村上先生へあきみのことを連絡する。「もしもし、先生。わたしです。いずみです。」「いそぎますから、例の話はあとでゆっくり……」 〔■良子の家の方角と、電柱との関係が奇妙。〕
良子の家にゆき、部屋に入り、さくらだけ窓からそとへ出る。くつははいていない。ソックスのまま通りに出て、タクシーを止める。「東京へやってちょうだいっ。いそいで」。
タクシーのなかで、包帯とカツラをとる。運転手おどろく。
あきみ、電車からおり、歩きながら、「もしや!!」と気付く。「脳みそだけが娘の肉体に宿り……まさか!!」「だが……、しかし……。人は……真理にしたがって生きるよりも……、作り出したかりそめのありえぬ夢に、自分自身をなぞらえ…人生を作りあげていこうとする。このオレのように……」。とかっこよく決める。そして、走出し、「そうさ。この世に希望と知恵があるかぎり、人はいつも罪深い……」。 〔■はたあきみは、おそらく正しい推理において、この推測にたどり着いているはずである。それは、読者も含めてだまされた話である。〕
公衆電話ボックス(黄色電話)に走り、「週刊ホスト」の編集部に電話し、自分のスペースを確保しておくよう頼む。
後ろから、手袋をした手で首筋に大きな針を刺す。 (Q最初は服の襟を通して刺してあるが、次のは首に直接刺してある。)
あきみはそのまま外へ出る。
道で、医者をしていた村上さんのお宅を尋ねる。道行く主婦が角を曲って五軒目という。右側に「岩山」という表札が有る。「なんだ、違うじゃないか。」。しかしあるくと、左側に「村上」の門の表札がある。が、門は崩れ、空地。空地に驚く。急に針が効いてきて、倒れる。うしろにさくらがいる。「あがいてもムダよ。意識は有っても動けないのだから」。靴は履いている。 〔■実際の5件目が、村上医師の(かつて)の家だったのであろう。二人とも広い東京の同一地点に集合できたのであるから、そこがやはり村上医師の家なのである。そして、5件目の表札を替え、空き地におびき寄せているのである。40年以上前に死んでいる「村上医師」の(子孫の)家を訪ね当てるのは難しいのではないか。〕
表札はさくらがつけておいたもの。「かわいそうだから、最後にキスしてあげるわ」。
顔を、傍らの医師で何度も殴りつける。ブランデーをのませ、線路近くまで引きずってゆき、落す。「どうしても村上先生にあわせたくなかったのよ」。
あきみ、線路の上に落ちる。かばんは轢かれるが、本人は無事。 〔■針を抜かれて石で殴られていた段階で既に手を防御している。針麻酔は完全ではなかったのだろう〕
帰るために、タクシーを待っていると、道の向こう側に血だらけのあきみがいる。あきみ、道を渡って走ってくる。下り車線のトラックに轢かれ、右腕が吹っ飛ぶ。 〔■あきみは死んだのか? 死は確認されていない。「あの男は死んだわ…。自分から……ダンプカーにひきつぶされて」と良子に語るが、予断の可能性もある。はたあきみ=君は怨(あた)、見飽きたは。〕
さくらは走り逃げ、タクシーをつかまえ乗って、良子の家に帰る。
窓から入ってくる。靴は脱いでいる。
良子に、先生の奥さんを誘出すように命令する。先生はわたしがどこかへつれ出しておくわ。良子の母に挨拶して、さくらかえる。
さくら、和代になるしかないと思う。手にもしわが出来始めている。「たとえまた、同じ子になったとしても」

水曜日(午後放校後か) :さくら、花模様のブラウス。胸元にフリル、腰にはリボンのベルト。白いフリフリのミニスカート。包帯はしてない。
母のあとを追って旅に出ると、谷川に告げる。「あなたのこと、心から愛しているわ……」。「わたしも………………」という谷川の言葉をさえぎり、「いつかきっと、あなたとめぐりあう日がくるわ。」
(Q谷川先生はさくらのことを愛しているのではないか?)
(Qテーブルの上のゴミみたいなのは何か?(102頁)文庫判にしかない。)
「たった一つだけ、お願いがあるの」、正確には二つだな。「わたしが出ていったことは、奥さんにはだまっていてほしいの。少しのあいだ……」「わたしの机や服なんかもそのままにしておいてほしいの。少しのあいだ」
カツラを取る。谷川には始めてみせるが、「でももう、だいたい感づいていたわね」。アザを指さし、「これはわたしの母がわたしにゆずったものよ」。「もし、またあなたがこれと同じものをみたら、それがあたしよ……」。訳は言えないといい、「わけなんてないのよ。だれだって子どもは親に似るしかないのよ。ただ、それだけよ。」
これはすごいテーマだな。
外に出て最後の食事をする。
さくらはビーフシチューを「うんとよく煮こんでほしい」と頼み、疲れたからクスリをかいに外へ出る。
タクシーに乗込み、お母さんが病気といって急がせる。「チップはうんとはずむわ」。
家にかえり、ライターを門のすぐ内側で落しておく。「これは和代があの人にプレゼントしたものだから……」。 〔■さくらがそれをいつ知ったのかなどはさほど問題ではない。〕家のなかに隠れている。
良子が和代をタクシーでつれてくる。「ほんとうにうちの人があの娘といっしょに…………?」「でも、そういえば、家に電話してもいないみたいだし……」。ライターを見つける。玄関のドアをあけ、谷川のシャツをみつけ取ろうとするとバネ仕掛の大きなワナにかかる。ひもがゆわえてあり、和代は逃げられない。 〔■この段階で、良子は谷川に、和代も谷川に、状況を話しているはずである。また、良子と和代の二人同士も、計画を知っているはずである。〕
和代を手術台にのせる。二階の電話から村上先生に電話する。「先生。わたしです」。いずみとは言ってない。村上はタクシーでくるという。電話のコードが切れていることに良子が気付く。さくらも驚くが、確かに話をしたのだからそんなはずないという。電話が終ってから、良子がコードをはずしたと疑い、和代を助けるためかと、コードで良子の首を絞める。良子を後ろ手にしばり、ゆかのうえにきれをかけておく。
村上が来る。
和代も良子も、村上がみえない。いま明かされつつある真実。「手術台はこの前こわしたから、組立てるのに苦労したわ」。 〔■動物の死骸と同様、手術台も実在するのであろう。〕
麻酔針はさくらがもち、村上の指示で足の土踏まずから刺す。そこへ、谷川が来る。「あなたっ。いつのまに。だましてたのねっ」 〔■Q何をだましたというのかな。〕
「しっかりしろっ。目をさますのだっ!!」
「さくら。村上主治医は、もう何十年も昔になくなって、もういないのだよ。きみのお母さんがまだ小さいころに死んでいるんだよ」。「えっ!?」「いずみお嬢さま。信じてはいけません。うそです!!ほらわたしは、ちゃんとここにいます。」 〔■村上医師は、さくらをさくらと呼んだことはなく、いずみと呼んでいる。つまり、いずみにしか見えないね。村上医師が見えるということが、いずみ=狂気であるのだね。ムラカミ=無から身〕
さくらは手に持っていた麻酔針を落し、放心状態となる。谷川は和代を助ける。
「こわかったわ……でもあなたの言うとおりにしたわ」。「良子さん」と縛られている良子のコードからほどく。 (Qこの間の、谷川のうごきを推測すべきだね。)
「いずみさま」村上は、「アザと頭の手術のあとが、なによりの証拠だ」という。さくらはにっこり微笑み、「そうよ。手術はおこなわれたのよ。このアザがそうよ。それにこの手術のあとがなによりの証拠よ」と、カツラをとる。
「人間の脳の移植などできるはずがない!」「村上先生にはできるのよ」「それじゃ、からだはどこにあるんだっ」「それはいえないわ……」
村上の指示があり、さくらは耳をふさぐ。
(時が経つ) :「わけはわからないが、なんだかさくらには人には言いたくないものがあるのだろう。こうしてわれわれがいるかぎり、よけい心を開いてはくれないだろう」「でも、ほおってはおけないわ。なんとか方法がないのかしら。」「今のままではムリだ……。どこにもいないはずの医者がさくらに見えるかぎり」「今もこの部屋のどこかに村上医師がいるんだ」「き 気味悪いわ」「別に気味悪がることはない……それはただ、さくらの頭の中でのできごとだから」「さくらをどこへつれて行こうと、それはついて来るだろう」「それを消し去る方法が見つからないのだ」。
(夜) :良子は、さくらちゃんといっしょにいる、という。「わたしなら、ただのふつうの女の子だから、さくらちゃんは別になんとも思わないのです」。 〔■良子のこの、美醜からの自由の自覚!〕
良子は、母に説明してくれと頼む。それは危険だというが、和代が熱で倒れ、しかたなくすぐもどるからと谷川は和代を運びさる。
「ウーン」といううめき声が聞える。外へ出る良子。地面から、手が伸び、「ウ〜ン」「ウウ〜ン」「さ、さくら」。良子はいそいで二階に戻り、「お母さんが殺しにやってくる」とさくらを引きずり出す。道まで出る。いずみはメスをもって「も もう逃がさない!!」と言っている。良子は、母が生きていたことを確信する。「さくらちゃん。この手をとってきいてちょうだい。あれはお母さんよ!!お母さんが生きているこということは、脳の手術なんてなかったのよ」。放心状態のさくらは、「お母さん……お、お母さん……」。村上は、信じてはいけないというが、「グワ〜ッ」村上は砂のように崩れてゆく。さくらはお母さんをはっきりと認め、メスを持ってくるにも関わらず、走りより抱付く。いずみは思わずメスをおとし、母子抱合う。谷川、やってくる。さくらの頭の傷、そして顔のアザが消えてゆく。 〔■母の復活。問題は2点ある。一つは、二週間以上土中にいた母が生きているという不思議。だが、これは問わないでおこう。仮死状態であれば新陳代謝も弱まって、生きている可能性もあろうから。今一つは、錯乱中であって脳移植手術を遂行中に倒れたままとなっているわけで、意識がさめた後も、その途中ではないか、ということ。実際、メスを持ってさくらを追いかけている。が、さくらの顔を見て、抱きつく。ここで、母と娘は和解する(ように見える)。最初に書いたように、母は常時錯乱しているのではない、とうことである。ちょっとしたきっかけで錯乱したり正常になったりするのであろう。ちょっとしたきっかけとは、たとえばさくらの顔に傷が付く等。〕

数日後 :「クラス一同」と書いたリボンのある花束をもって、谷川と良子が見舞いにくるが、病室には入らない。
どうやら、母子で同じ病室にいるように思う。病室の前に花束をおいて、帰る。「良子はほんとうにえらいな。よく一人で苦しみをたえられたと思う。良子のような友だちがいるかぎり、さくらやさくらのお母さんは、きっと幸せになれる。」「それに……。さくらのお母さんが出て来た時に、とっさに、お母さんが生きていることは手術が行われなかったのだということに、よく気がついたものだ……」。
「でも、どうしてこんなできごとがおきたのかしら」「それは一くちには言えないと思う……。」
「主治医といる時だけ、錯乱せずにすんだ……。だが、ほんとうはぎゃくなんだ。主治医といる時こそ、錯乱している証拠だった。お母さんは主治医がこの世にいるものと信じていた……。だからさくらもそう信じていた……」。
〔■谷川の解釈では、さくらは抵抗して、母親を石でなぐりつけ、気絶させたあとから、さくらの錯乱が始った、と見る。当該箇所を閲するにおそらくこれは正しい。いずれにせよ、髪の毛を剃るということが実際に行われ、手術は空想、という部分へ流れる、水も漏らさぬストーリー展開は絶妙。また、ここから谷川は一個の登場人物を超えて物語の語手としての地位にある。〕
「さくらの心の底で、お母さんの望みをかなえてあげたい気持ちと……、お母さんをにくむ気持ちと……、そして自分ではまだ気づかないおとなへのあこがれと……、そして幸せになりたいと思う気持ちが……、今度のできごとをひきおこした……」。なるほど、谷川先生が標的になったのは、さくらの願望なんだね。
「だが、さくらをだれがせめることができるだろうか!」「さくらはただ、敏感に感じとったのだ……、自分のまわりがいびつなことを……」「いびつな者は、自分でそれを感じることはできない。そしてそれを感じたものがいびつにされる!」「狂った世界の中にただ一人狂わない者がいたとしたら、はたしてどちらが狂っていると思うだろう?」 〔■さくら(あるいは母)がまっすぐで、一般人がいびつである、という意味の発言である。これは本作に沿った解釈なのだろうか?私には到底そうは思えない。母が狂っており、さくらもそれに感染したとしか思えない。しかし、楳図の最終結論は決して、狂気(という恐怖)を外部のものとして置いて安心を保障するものではないのだ。恐怖はわれわれ読者も含めて、自己の内部にある。そう迫ろうとするのだ。これを、こけおどしとして気楽に本を閉じる者もいるだろう。が、他方、敏感な人間は自分の中に母=さくら的なものを感じ取り、恐怖が本の中でとどまるものでないことを知るわけである。現実と虚構とは二律背反的に存在するものではなく、また現実が実在し虚構は空想なのでもなく、現実こそ虚構において成立するのである。実在するのはフュレー(質料)=ディナミスだけである。しかし、そこにエイドス(形相)=エネルゲイアを見いだすのが、人間的生であるから。「人は……質料にしたがって生きるよりも……、作り出したかりそめのありえぬ形相に、自分自身をなぞらえ…人生を作りあげていこうとする。このオレのように……」〕 〔■アザ。それは、単なる転落へのヴィジュアル的効果ではない。自身の中に母の刻印があるということだ。「わけなんてないのよ。だれだって子どもは親に似るしかないのよ。ただ、それだけよ」。しかしこれはまた、母親の錯乱の感染を意味しているだけでもなかろう。母と娘の、不可逆的な関係。すなわち……〕
	
	「神にとって人とは何か?
	人にとって神とは何か?
	そして………
	神は人に何を与えたか?」
〔■神はみずからに似せて人を作った。しかし、神と人とは決して調和しない他者である。〕 参考として『わたしは真悟』。モノ―人―神―子供への遡及的な関係。 ラストで主人公が出ないのは『漂流教室』などと同じ。


高橋明彦


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