講談社漫画文庫・楳図かずお画業55th記念・全8巻刊行によせて.umezu.半魚文庫

講談社漫画文庫・楳図かずお画業55th記念・全8巻刊行によせて

2011-03-21(Mon)

解説の依頼が来ないのが残念だが、ならもう勝手に推薦文を書いてしまえば良い(笑)。ともかく、本シリーズは楳図かずおにとって、というよりもマンガ出版にとって、画期的な事業である。

帯にあるように、本シリーズは、まず

「扉絵、広告頁なども含めた初出発表誌のコマ割・段組をそのままに」

であり、次に

「楳図ホラーのクロニクルバージョン、ついに刊行!!」

なのである。

前者がどういう意味かというなら、初出誌の週刊『少女フレンド』、月刊・別冊『少女フレンド』、週刊『少年マガジン』などは、その後、単行本化される際に、扉絵を削除して、場合によっては補筆も施されている。単行本は以下、そうした所謂ディレクターズカット版なのである。ファン的にも、研究的にも、初期バージョンも見てみたいわけである。また、どうせ再版するなら、こうした初期バージョンなどの別版でお願いしたいものである。中身は同じで版だけ変えて儲けを出そうというのは江戸時代、商業出版というものが始まって以来の常套手段である。が、

それにしても、毎度毎度同じ中身を一〇年や五年ごとに出されてもね、

という感じがある。装丁が新たにいかに凝っていても、だ。版元や装丁家は、こんな言われ方をされては不愉快であろうことは重々分るが、今は思うところをはっきり申し上げておきたい。ただし、先駆的業績として、小学館にはSV版『アゲイン』がある。これはおそらく、秋田文庫版との内容的差異を出すためであろう、初出の扉絵をほぼ再現したバージョンであった。一読者、一研究者として、SV版『アゲイン』刊行を賞賛したい。

なお、いずれにしても私は、あらゆるバージョンで購入している熱心な購入者である、念のため。

さて、問題の講談社漫画文庫である。帯の二つ目だが、講談社自社の週刊・別冊『少女フレンド』、週刊『少年マガジン』を、まったく時系列に並べて全8冊を作っているのである。その極めて明快単純な配置がすばらしい。

『少女フレンド』の連載順をおぼえるうた、というのがある。誰有ろう、半魚自詠である。うたに曰く「ねこ目ママまだらくもヘビ人魚猫かいミイこぶこまタマ影蝶うろ」。ともかく情緒は皆無だが、三十一文字にはなっている。しかし、本クロニクルバージョンが出現したため、気づかされることは、週刊『少女フレンド』だけではダメだということだ。別冊および『少年マガジン』も同時に、時系列で覚えておかないと、説得力に欠けるのである。反省させられる。(何を説得するのか、とか質問しないこと!)

その他、文庫版であることも、ハンディで、リーズナブルな値段で、良いところである。黒を基調とした装丁も品がよい。

いずれにしても誉めるしかないシリーズであり、まさに「ついに刊行!!」なのである。私は、初出誌を収集しながら、または図書館で閲覧しながら、初出情報を積み重ね現行バージョンと比較したりすることを楽しみとしてきたが、その楽しみは、もはや一部の特殊な人種(研究者……という名の暇人・笑い)だけのものでなく、これからは品の良い趣味人のものとなるのだ。

そして、こうした資料(出版物)をどれだけ持っているかが、その国の文化というものである。

解説または推薦文がわりということで、最近気づいた事柄を、話題として二つほど提供したい。これは、私も明確に考えた事がなかった問題である。

まず、一つ目。楳図が肝臓障害など体調を崩したのが1968年の暮れであり、この時期、非常に忙しかったという点である。いわゆる「週刊3本、月刊3本」の時期である。作品を執筆している楳図先生と、作品が印刷・刊行・発売されて読む読者と、現行の本の刊記をみて日付を確認するの読者と、3者の認識・感覚は違うかもしれない。実際、原稿執筆と購読とはタイムラグがあるだろう。その点で、完全に正確とは言えないが、ともかく今日初出誌の刊記から確かめるに「週刊3本、月刊3本」の時期はたしかにあるようだ。ただしその内訳は、

週刊『少女フレンド』『少年キング』『ティーンルック』、

月刊『なかよし』『少年画報』『平凡』

である。ただし、『少年画報』と『少年キング』は『ねこ目小僧の』をスライドして連載しているから、重なっているのはわずか2ヶ月程度であり、すなわち「週刊3本、月刊3本」期は1968年4、5月の2ヶ月間しないことになる。しかもスライド連載なのだから、執筆が重なっていない可能性だってあるのではないか、と思う。それから、『少年マガジン』は1967年中で終了しており、『少年サンデー』は69年6月『おろち』からで、この両誌に重なる時期はない。その間に『少年キング』があり、つまり、『少年マガジン』『少年キング』『少年サンデー』は全く重なっていない。

ともあれ、1967年で『少年マガジン』を辞めている。次に、1968年夏(5〜6月)頃『少女フレンド』『なかよし』等、講談社からは完全撤退している。この夏は、月刊『少年画報』から週刊『少年キング』へ引っ越しし、週刊『ティーンルック』連載が始まった時期でもある。すこしおくれて秋には『ビックコミック』が始まる。次に、『キング』『ティーンルック』が終わった時期から『少年サンデー』が始まっている。『平凡』はその間、ずっと書き続けている。『恐怖への招待』によれば、『平凡』が一番原稿料が高くて有難かったそうである。

さて、つまり、1968年4、5月の2ヶ月間を除いては「週刊3本、月刊3本」ではない。また、アシスタントを入れ始めるのは、1965年の暮れくらいからであろう。言い方としては、この5年間がともかく極度に忙しかった、ということである。それは週刊5本、月刊4本をまたいで連載していた、という言い方ではどうだろうか、と思う。いずれにしても、忙しい売れっ子であることは間違いないし、(そしてこれが最も重要なことだが)作品のクオリティの高さが確実であったということである。

次に二つ目。楳図が講談社からすっぱり足を洗うのはなぜか、ということである。昨年(2010年)不二出版から『全国貸本新聞』の復刻が出て、これを全部読んだ。その中に、1968年7月21日の朝日新聞の記事に触れた資料があった(第2巻310頁、昭和43年10月1日号)。私は驚いて、その足で石川県立図書館に行き、朝日新聞の縮刷版で読んだ。マンガを研究対象に、極めてセンスの良い研究を独自にされておられるE.T.さんは、この記事を子供時代にリアルタイムで読んでおられたそうである。恐るべし。それは世代差というものだからいかんともしがたいが、ともかく私は逆で、たとえば『うろこの顔』が「魔子の恐怖ノート第一話」などと有ったのに、第二話がないまま終わってしまった、などという事象に対しても、特に疑問も持たずにきた愚か者であったのだ!

朝日新聞の記事が、《事実》のどこまで《事実》であるのかは、判断のしようはない。しかし、以下のようには言えるだろう。その前にまず、記事を紹介しておこう。

「貸本屋のタナには妖怪変化が横行している。「少女スリラーもの」と呼ばれるマンガ単行本だ。最近、男の子向けのアクションものなどを抜き、貸本マンガ界の主流にのしあがった。ところが、このマンガの化け物、テレビマンガの妖怪と違って可愛げもユーモラスなところも皆無。底意地が悪く、なくともうす気味が悪い。低学年では夜中にうなされる子どもまでいる。(中略)

貸本マンガの場合は、ふつうの取次店を通らず、一般の書店では売っていないから、親の目にはつきにくい。が、その内容は、教育ママが読んだら卒倒しそうなものばかり。ちょっと題名を並べても『餓鬼娘』『蛇塚の死霊娘』『少女白髪鬼』『いも虫少女』……というぐあい。(中略) 貸本マンガの出版元は「こっちは零細企業だ。子どもたちの流行に合わせなければ倒産する。文句があるならブームの先べんをつけた大手出版社へいってくれ」という。

三年前、週刊『少女フレンド』でスリラーものの火をつけた講談社は、ことし四月からいちばん人気のあったスリラー作家の連載を断った。「自分のところでスリラーものブームを火をつけたおきながらこんなことをいうのは申訳ないが、子どもに与える悪影響を反省した結果」(伊藤少女フレンド編集長)という。が、講談社のそんな反省とは関係なく、貸本界はいまや百鬼夜行だ。(後略)」


「画像だけ表示」すれば大きく拡大されます。

さて、何が言えるのか。押さえるべきは以下のとおりである。

まず第一に、1968年は妖怪ブームの年である、ということ(66年は怪獣ブームだった)。水木の「ゲゲゲの鬼太郎」などが、「テレビマンガの可愛げでユーモラスな」ものである。ただし、ここでいう妖怪は、ホラーやモンスターとほぼ同意であり、へび少女やいも虫少女もここでは「妖怪」なのである。それが、貸本マンガ内では少年ものを抜いた「少女スリラーもの」というジャンルなのである。

次に、ホラーマンガ(恐怖マンガ)という事で言うなら、今日的にはひばり書房や立風書房の新書判などのインパクトが強い。そして、それらの源流は貸本マンガにあるように思い込みがちである(私だけだろうか)。ひばり書房はもともと貸本マンガの版元だし、その頃は楳図も描いていたからだ。しかし、ちょっと違うのだ。この朝日新聞の記事は、大手の週刊雑誌と貸本マンガとを一続きのマンガとして捉えており、その関連性の証言も記している。貸本版元側は「文句があるならブームの先べんをつけた大手出版社へ」と言うというのだ。

結論としては、われわれ楳図ファンが素朴に信じてきたものと変わりはない。ホラーマンガを作り、それをブームにしたのは楳図かずおなのだ、ということである。《別格の楳図とは別に、新書判時代にひばり書房や立風書房で書いてきたB級ホラー作家も忘れないで》というのはマンガ研究にとって大事な視点であろう。しかし、古賀新一が楳図作品の亜流を描いてきた(描かせられてきた?)ことを思うならば、やっぱり、すべての根源に立つのは楳図なのである。

一九六六年から始まる楳図による『少女フレンド』での恐怖マンガのブームは少女スリラーものという一ジャンルを形成し、これが貸本マンガへも《逆流》したのである。

なお、資料として、次のものをあげておこう。『少女フレンド』『マーガレット』等大手出版社の週刊雑誌に彼らが進出する前の、そして、少女スリラーが少年ものを凌駕する以前の、貸本マンガ業界(しかもひばり書房の)人気調査結果である。古賀しんさく(新一)、浜慎二、いばら美喜、池川伸治などに比べて、断然楳図の人気は高いのである。『少女フレンド』に先に採用されたのがたとえ浜慎二であっても。そして、貸本マンガの世界で恐怖ものはたくさんの作家によって描かれているにしても、しかしそれをリードしてきたのも、楳図じゃないだろうかね。


緊急特報!!

マンガ作家の勢力分野決まる!!

業界最大の世論調査、日本全国より寄せられた回答そのままの集計である昭和39年度人気作家投票は総有効数二四六五の支持を得て、去る八月末締切った。
1位の小島剛夕は発行部数からいって当然である。さいとうたかを、江波の堅陣も依然安泰。古賀しんさくの進出が注目される。楳図・池川の個性的な少女ものが真価を認められ、このジャンルのトップに躍り出たのは時代の移り変りと言うべきか…意外なのは残酷物作家の退潮で、青少年保護条例の反映と考えられないこともない。また、書下しものが少ない雑誌作家に点が辛いのはこの種の調査として已むを得ないところ。古い観念にとらわれず、堂々と投票した人々に拍手を送りたい。左掲の表は121名の作家中ベスト40に入ったものである (評論家・A・O氏)

順位 作家 票数順位 作家 票数
1 小島剛夕 394 21 大石まどか 27
2 さいとうたかを 248 22 花村えい子 25
3 江波譲二 183 23 永島慎二 24
4 楳図かずお 145 23 水島新司 24
5 南波健二 125 23 水野英子 24
6 有川栄一 116 26 千葉てつや 23
7 古賀しんさく 84 26 田中美智子 23
8 白土三平 76 28 新城さちこ 19
9 横山まさみち 72 28 横山光輝 19
10 池川伸治 64 30 佐藤まさあき 17
11 いばら美喜 53 30 矢代まさこ 17
12 手塚治虫 43 32 社領系明 15
13 鹿野はるお 42 33 石川フミヤス 14
13 都島京弥 42 33 関すすむ 14
15 旭丘光志 39 35 牧美也子 13
16 川崎のぼる 38 35 木内チズ子 13
17 巴里夫 37 37 さがみゆき 11
18 平田弘史 36 37 川田漫一 11
19 浜慎二 34 39 松下哲也 10
20 山本まさはる 31 39 石森章太郎 10
(10票以下は省略)


ひばり書房『ロマンスの神様』より。


小島剛夕3年連続優勝成る!

恒例の業界最大の世論調査、第3回全国単行本漫画家の人気投票は、年明けの新春5日締切り、同7日結果発表の運びとなった。
前年八月末発表の第2回に較べ、大きな変動は認められないが、それでも一般的にアクションもの、特にボスと殺し屋、荒々しいタッチを得意とする作家が目立って後退してきた。苦しまぎれに「社会派××」と謳っても、読者はもはや、ついてこない事を示している。
小島・江波・楳図の1〜3位は、作品の丁寧さからいって当然。池川が少女スリラーでの地位を固め、ユーモアでの山本まさはるの擡頭が著るしいのは、新しい時代の読者の傾向を素直に反影(ママ)していると思う……
(漫画評論家・AO&ST記)

(小島の喜びの言葉・略)

昭和40年度人気投票集計

順位 作家名 得票数 順位 作家名 得票数
1 小島剛夕 214 21 鹿野はるお35
2 江波譲二 140 22 水野英子32
3 楳図かずお 129 23 浜慎二 29
4 さいとうたかを 104 23 松下哲也29
5 山本まさはる 81 25 関すすむ 28
6 池川伸治 77 26 平田弘史 24
7 南波健二 76 27 田中美智子 22
8 白土三平 70 27 牧美也子 22
9 いばら美喜 60 29 社領系明 20
10 巴里夫 54 29 矢代まさこ 20
11 川崎のぼる53 29 石森章太郎 20
12 古賀しんさく51 32 花村えいこ 19
13 大石まどか 47 33 吉田松美 18
14 新城さちこ45 33 横山光輝 18
15 水島新司 42 35 永島慎二 17
15 手塚治虫 42 36 佐藤まさあき 16
17 都島京弥 41 37 石川フミヤス 16
18 ありかわ栄一 40 38 さが・みゆき 12
19 横山まさみち 37 39 木内千鶴子 11
20 ちばてつや 36 40 川田漫一 9
以下 8票岩井しげお・西条えりこ・杉戸光史
7票旭丘光志・しきはるみ・水木しげる
6票小沢おさむ・武本サブロー・小山葉子・関口みずき
5票影丸譲也・沢田竜二・浅丘ルリー・一峰大二・関谷ひさし・鳥海やすと

全国読者から寄せられた二〇六三票(五人連記制の人気投票)を整理、一一三名の候補者の中から、五票以上得たものを掲載。38・39年度につづき第三回目の人気投票(左欄外)。


さて、最終的なオチであるが。楳図が講談社を辞めたというよりは、講談社が楳図を切ったのだろう。楳図本人も、動物モチーフ的な怪奇物は描かず、別の途を模索し始めると言って良い。こうした講談社と関係が切れて40年以上を経た今、マンガ出版にとっても新たな一ページを切り開く本シリーズを講談社が刊行したことを喜びたいと思う次第である。


高橋明彦@半魚文庫 2011-03-21(Mon)


[ 楳図のホームページに戻る]