(人間と文化)版本書誌学入門.半魚文庫

(人間と文化)版本書誌学入門.半魚文庫


表紙の色
表紙の文様と技法
(古本屋さんのための)版本書誌学超入門(もっとトリビアルです)
変体仮名とくずし字については、google で調べてみよう。

2014-10-23 (Tue)

形態書誌学とは、文献学の一部門で、本の物質的な状態や記載情報を文字で記述・分析する学問です。具体的には、本の外形的特徴を記述し、書名、著者名、版・刷の時期(年月日)を認定します。これにより、本の成立や流布に関わること、本をめぐる文化・社会状況などが分かります。

写本が主流だった中世までに対し、版本が主流となる近世(江戸時代)の書誌学を、特に、版本書誌学と言います。版本は、出版されています。出版をめぐって、版・刷(摺)の概念を理解しましょう。

かん
(=版・はん)
一揃いの版木が彫刻(刻成)され、その板木によって最初に印刷された時期。
例)○○年刊。江戸前期刊。
いん
(=刷・さつ)
(版木は、時期を変えて何度も摺版できるので)その版木によって摺版された時期。
後になるほど、版木が磨滅し、印刷状態は悪くなる。例)○○年印。○○年刊印。初印、早印、後印。
しゅう
(版木は、入木(=埋木・象嵌)によって修訂できるので)その版木が修訂されて、最初に摺版された時期。
修訂の分量は問わない。例)○○年修。後修。
ふく
(版木が磨滅しきった場合、海賊版を作る場合など、版本をもとにもう一度版木を作成する。これを覆刻(=被せ彫り)という)その新しい版木が作られた時期。

ちなみに、東洋の文献学は、ある種人文系の総合的な学問で、次のように構造化されています。すなわち、形態書誌学、本文校訂、異本校合(校勘)など物理状態・文字などに関わる形態的文献学。対象の内容へのアプローチのうち具体的側面としてとしての注釈学(考証学)、抽象的な側面として内容の思想等を分析する義理学。

文献学物理的側面へのアプローチ形態書誌学図書の物理的状態を記述する
目録学図書を分類・整理する
本文校訂本文の吟味・確定
異本校合異本間の本文校訂や比較
理念的側面へのアプローチ具体面注釈語彙の語義の確定
典拠論注釈の一部門。参照・引用文献の確定
通釈文脈の語義の確定
抽象面本質論作品・作者の思想の解明
評論

準備など

  1. 用意するもの(えんぴつ、メジャー、色見本、文様見本)
  2. 心構え、態度(手を洗う。本になるべく触らない。置いて見る。机は広く使う。インク類は禁止)
  3. 書籍の部位名称。表紙、見返、天地、小口、背、のど、みみ。
  4. 袋綴じ本での紙数の数え方(葉・丁、オモテ・ウラ)。頁(ページ)とは言わない。
  5. 記述の注意(記載事項を理解する。字体に注意する。書かれた文言と、説明を区別する。模写、抄出「 」、説明( ))。
  6. 書誌カードの良し悪しについて。
  7. 書誌学は、写真やコピーの無い時代のものでもあるが、すべて文字で記載することにも意義はある。
記載項目

形態書誌学のための基本情報。*以下は、実例。および、記載時の注意。記載項目は、詳しければ詳しいほど良いが、諸々の兼ね合いで適当に省略する必要もある。要は、その記載によって何が分るか、何のために必要か、を理解すること。書誌学は経験がものをいう学問なので、ともかく努力と経験あるのみ。同じことだが、他の本と較べることで分かることが多い(その本だけを見ていても分からないことが多い)。

  1. 書名/調査者が認定した書名を記す。通行のタイトル。

    *外題・内題などを調査した後に記す。外題と内題とで違う時には、基本的に内題を採る。

  2. 所蔵(番号)/所蔵者・機関名。その請求番号。

    *図書の同定にはこの情報が重要になる。

  3. 刊写/刊本か写本か、その別(木活字・整版・鉛活字・写植)

  4. 体裁(大きさ寸法)/書型(大きさ、形)。装丁。

    *特大・大・半・中・小・袖珍・横・巻子・冊子の別(サイズ(縦×横)糎を書く)。

    *装丁には、袋綴じでも、綴じ糸のやり方で四つ目綴じ、康煕綴じ、大和綴じがある。

  5. 員数(巻冊)/本の数。一般に編・巻は内容や形式面での数、冊は物理的な状態での数。セット物では全冊揃っていない場合がある(残欠)。

    *内容は、当該図書の巻立てを見て判断する。例)一冊。上中下三巻三冊。五巻五冊。

  6. 表紙(色・模様)/表面の色、文様の名、文様の手法を記す。また、原表紙でなく、後補表紙の場合はそれも記す。

    色(日本の伝統色で呼ぶ)。青系統(紺・藍・納戸色・縹色・浅黄・水浅黄)、黄色系統(黄檗・丁字色・朽ち葉色・鳥の子)、赤・茶色系統(丹、朱、紅殻、栗皮色)、緑色系統(木賊色)。黒もある。表紙が本文の紙と同じものもある(共表紙・ともびょうし)。

    模様(日本の伝統文様で)。卍つなぎ、雷門つなぎ、松皮菱。布目地。無地もある。

    模様の付け方には、型押し・艶出し・摺り付けの三種がある。型押しと艶出しは、同じ技法の裏表。紙を木型に強く押し当ててこする。押し当てた面が型押し、こすった面が艶出しである。摺り付けは絵の版木で色刷りしたもの。

    *例)縹色無地表紙。黄蘗色地に小葵の艶出し。水浅黄色布目地表紙(後補)。

  7. 外題(げだい)/表紙に記された書名。およびその様相。

    「文字」(様相)。例)「竹取物語  全」(原簽摺中無)、「〈絵/入〉伊勢物語 一(〜三)」(原簽摺左単)。

    様相の一覧

    [原|後]その書名は、原形か、後から付されたものか?
    [直|簽]その書名は、表紙に直に有るか(うちつけ書き)、紙(題簽)に有るか?
    [摺|書]その書名は、印刷され(摺られ)ているか、手書きか?
    [左|中]その書名は、表紙の左にあるか、真ん中にあるか?
    [単|双|飾|無]その書名には、枠線(単辺・双辺・飾り枠)などの飾りがあるか?

    外題が無ければ、欠と書く。ただし、題簽がはがれた痕跡が有れば、題簽剥離と書く。一部分の破れは、様態を模写する。版本の場合、ほぼ題簽に外題が摺られているのが原形です。

  8. 見返(みかえし)/前表紙・後表紙のそれぞれ裏側の部位を見返と呼ぶ。この場合は、前表紙の見返の状態を記す。白紙のままのものもあるが、版本には、書名、版元名、著者名、刊行年月日などを大きくレイアウトして印刷してある事が多い。魁星印や蔵板印が捺印してあることもある。

    *地色、枠線などの意匠も重要である。例)「文言」(意匠)。文字で書いた場合)「文政三年新刻/山田先生校訂/伊勢物語 全/東璧堂蔵版[印]」(四周双辺有界三分・黄蘗色地)

    初心者には、文字で書きにくいだろうから、枠線も含めて全体を模写する。

    *東洋の書籍は見返に書名等を記すが、西洋の書籍は、扉にそれらを記すことが通例である。扉は奇数頁、見返は偶数頁である。

  9. 前付/ 大前提として。まず、どこから本文が始まるのか、見極めること。これが、前付け・内題・後付けの重要な区別の前提である。現代の小説本で例をあげれば、物語(これが本文)が始まる前に、扉・目次・前書き・口絵などがあったりする(これが前付け)。物語が終わった後に、著者のあとがき、解説、出版社の広告、他の本の一覧、奥付けなどがあったりする(これが後付け)。

    さて、前付けとは、本文以前に記された事柄の総称。序文・目録・凡例・口絵・題字などがある。そのひとつひとつを順番に記す。序文などは全文を記すのは大変だが、序題と序記(年記、序者名)だけは記す。口絵などでは(画工、賛、彩色、墨印)を記す。例)「伊勢物語序/……/文化三年五月山田孝識[山田][字孝]」。

  10. 内題/本文の冒頭にある書名を、内題という。巻首題(かんしゅだい)・端作題(はしづくりだい)とも言う。内題の下に著者名などがある場合、それも含めて採っておく。

    *和本の場合、部位によって、全然違う題が書かれていることが多い。どれを正式な書名(統一書名)とするかは、思案のしどころです。内題それぞれと外題とを勘案して、@を決める。

    *「内題」については、別の考えの学者もいる。外題に対して、本の内部にある書名の総称と考える。そして、部位により呼び名が異なる(見返題・扉題・序題・目録題・巻首題(端作題)・尾題・柱題)。こちらのほうが概念的には正しい。 ただし、ややこしい。しかも、そもそも柱刻にあるもの(柱題)、末尾にあるもの(尾題)はあまり内題とは言わない。

  11. 柱刻(意匠・構成)/印面の中央部分(袋綴じの際の折り目の部分)の印刷意匠。柱題、丁付等の内容情報、魚尾、黒口などの意匠。

    *模写し、かつ書物全体の構成が分るように書く。例)

    (魚尾)伊勢物語 序一(〜二)(魚尾)
    (魚尾)伊勢物語一(〜三十二)(魚尾)、以上一冊目
    (魚尾)伊勢物語一(〜四十三)(魚尾)、以上二冊目
    (魚尾)伊勢物語一(〜二十七)(魚尾)
    (魚尾)伊勢物語跋一(〜五) (魚尾)、以上三冊目

    あるいは、魚尾などを含めて模写する。例は別紙にある。cf. 遊び紙(白紙)。写本の場合は墨付き丁数を数える。

    *(参考1)魚尾は今日でも原稿用紙に残っている。袋とじ用に折る際の目印である。

  12. 版組(匡郭・行数)/版組の状態の総称。段組み、字組み、匡郭・界線など。

    *匡郭の有無および意匠(四周単辺、四周双辺、左右単辺、飾枠、無枠)。界線の有無(有界、無界)。半葉行数、一行字数。匡郭の縦・横の長さ(内法を計る)。例)四周双辺有界八行十七字。18.3×11.3(巻首1丁オ)。

  13. 用字(文体・用字・返送縦句)/本文に用いられている文字。

    * 用字(平仮名、片仮名、漢字)。漢籍の場合は、傍訓の情報(返り点・送り仮名・縦棒・句読点)。注の形式、頭注・標柱・小字双行注。

  14. 後付/本文以後に記された事柄の総称。跋文や蔵版目録などがある。ただし、刊記は次項で記す。

    *跋題、跋記(年記、跋者名)。

  15. 刊記/出版に関わる情報。奥付けともいう。刊行年月日、刊行地、刊行者から成る。

    *刊記がどれであるかを見極め、なるべく書いてある通りに、枠線なども含めて模写する。複数の刊記が付く本もある。(例)「文言」(部位)

  16. 刊年(刊印修覆)/刊記や見返記事などから、調査者が刊、印(版・刷)、修、覆を認定する。

  17. 印記/ハンコのこと。特に、蔵書印、仕入れ印など、販売・購入後に所蔵者によって押されたハンコについての情報を記す。これによって、本の来歴が分る。魁星印・蔵板印などは販売前に板元によって押されたもので、これに含めない(見返などで記載済み)。

    蔵書印……購入・所蔵者が、自分の持ち物であることを証明するため押すハンコ。複数の手に渡ってきた本なら、複数の別印が押されている。一丁オ下が上位置。

    仕入れ印……販売店が、自店扱いの本であることを証明するために押すハンコ。邪魔にならない程度の小さなハンコで、後表紙の見返し紙の裏に押す。また、いつ・いくらで仕入れたか、その情報を暗号で書いて置いたりもする。江戸時代の本は定価販売ではなかったので(今の古本屋と同じ)、この情報を見て客の値段交渉に応じたりした。

    「印文」(部位・様相)。印文は判読するか、模写する。部位。陰刻(白文印)・陽刻(朱文印)、円形・方形・矩形・楕円形、色(朱印・墨印)

  18. 書入/販売・購入後に所蔵者によって書かれた文字。書き入れ(メモ書き、訓点、識語、所蔵者名、小口書き)。意味のないイタズラ書きは「書き込み」と言って、価値が低く、「書き入れ」とは区別するのが通例。これも、本の来歴が分る。

    *同別筆、墨色にも注意する(本は複数の人手に渉ってきたものであるから、別の手跡が交じっていることがある。また、墨だけでなく朱での書き入れも多い。この他、不審紙(ふしんがみ)と言って、小さな赤い紙を目印にシールのように使うこともある。)

  19. 保存状態/紙質、摺刷の善し悪し、保存状態など(疲れ、蟲損、鼠損、水濡れ)を記す。

  20. 備考/ほか、気づいたこと。なんでも書いて良い。

参考文献

  • 『日本古典籍書誌学辞典』岩波書店
  • 中野三敏『江戸の板本』岩波書店
  • 藤井隆『日本古典書誌学総説』和泉書院
  • 長友千代治『日本書誌学を学ぶひとのために』世界思想社
  • 林望『書誌学の回廊』日本経済新聞社
  • 橋口侯之介『和本入門』平凡社
  • 堀川貴司『書誌学入門』勉誠出版

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