ツレサシ「これは二の宮と申す女にて候。さて も曽我兄弟の人々は。親の敵討たんとて。 幼少竹馬の昔より。野に臥し山に臥し。 心を尽し給ひしかども。終に願も空しく 過ぎさせ給ふ。今日御狩場の御供に紛れ。 ねらひ給ふ御心の中。おしはかり参らせ て。わらはも遁れぬ中なれば。御宮仕の 隙を窺ひ。人々を導き申さんとて。忍び てこれまで参りて候。地「何くにかおはす らんと。彼方此方と尋ね行く。心の中ぞ 痛はしき。

シテ五郎二人「兄弟はかくとも知らで。仮屋の前 にたゝずめば。ツレ「さればこそ此方へと。 さて国々の武士の。幕の内を委しく教へ 参らせん。あれこそは人々の。尋ぬる人 の幕ぞとて。懇に教へ申し。命めでたく 候はゞ。又こそ御目に懸らんと。地「涙と 共に立ち別れ。/\。稲葉の山の峰に生 ふる。松とし聞かば今一度。帰り来んと 約束し。又御前へぞ出でにける。/\。 シテ詞「かくて兄弟の人々は。二の宮の教に より。祐経が仮屋に忍び入り。地「年月の

妄執。今宵こそ晴し給へ時致とて。思ふ 敵を討つたりけり。五郎詞「其時時致立ち帰 り。如何にや祐経たしかに聞け。箱根山 にて我に得させしこの太刀。只今返すぞ 受け取れとて。胸元に差し当て。踊り上 つて打ちければ。果報いみじき祐経も。 二つになりてぞ失せにける。 地「宿直の人々慌て騒ぎ。/\。すはや夜 討は曽我兄弟ぞ。起き合へやつといふ声 に。弓よ長刀太刀よ刀と。前後を失ひ。 上を下へと返しける。 地「されども御前の人々は。/\。我も我 もと切つて出で。面も振らず懸りければ。 本より兄弟は。命も惜まず切つて出で。 兄弟が手に掛けて。やにはに三騎討ちけ るを。すかさず追つ詰め懸りければ。今 は命限の切死と。仁王立に立ち並べば。 御前の武士は合ひ兼ねて。その間遥に引 いたりけり。

新開「かゝりける処に。新開と名乗つて。 地「祐成に討つてかゝりければ。得たりや あうとさん%\に。畳みかけられ叶はじ と思ひけん。小柴垣を押し破つて。後這 しつゝ遁れ入りければ。時致は遁さじと。 御前をも憚らず。逃げ行く敵を目に懸け て。跡を慕うて追うて行く。中入「。 新田詞「然る処に新田の四郎忠綱は。君の仰 に随ひ。仮屋の前後を警固して居たりし が。見れば十郎祐成。血刀振つてまつし ぐろに打ち入りけるを。地「留めんと思ひ 打ち合ひけるが。無慙や祐成は。宵より 疲れし事なれば。新手に責め立てられ。 受太刀に為つて弱り行くを。畳みかけて 打ち伏せつゝ。太刀押し拭ひ鞘にさし。

心静かに立ち帰る。 クセ「無慙なるかな祐成は。臥したる枕よ り。如何にや如何に忠綱。我も遁れぬ中 なれば。他人の見る目恥かしや。はや/\ 討ち取り。後の世弔ひてたび給へ。時 致はかくとも。知らで便や失はん。死出 の山。三途の川も一所にと。誓ひし事も 徒に。はやこれまでぞ首打てや。南無阿 弥陀仏と合掌す。 地キリ「移れば変る世の習。今日此頃も膝を 組み。互に隔てぬ中なれど。武士のはか なさよ。切らで叶はぬ輪廻のきづな。南 無阿弥陀仏と。首打ち落し取り持ちて。 御所へとてこそ参りけれ。/\。