平岡立衆次第「山路を分くる紅葉狩。/\。時雨 やしるべなるらん。平岡詞「これは河内の国 平岡の何がしにて候。さても竜田山の紅 葉。今を盛なる由申し候ふ程に。若き人々

を伴ひ。只今竜田山に立ち越え。紅葉を眺 めばやと存じ候。道行「頃も早名残の秋の 朝まだき。/\。霧間に見ゆる村紅葉。松 の葉色も照りそひて錦を飾る秋の山。嶺

も小倉も名に残る。竜田山にも着きにけ り/\。平岡「急ぎ候ふ程に。竜田山に着き て候。先明神へ参らうずるにて候。狂言シカ%\「。 平岡詞「げに/\美しき鶏にて候。取り て帰り候へ。狂言シカ%\「。シテ「なう/\其鳥 をば何しに召され候ふぞ。平岡「是は拾ひ たる鳥にて候ふ程に。取りて帰り候ふよ。 シテ「いや其鳥は世の常の鳥にあらず。忝 くも公より放し給へる鳥なれば。たやす く思し召さるゝとも。君と神との放鳥。是 ぞ名におふゆふつけ鳥。捕らせ給ふは僻 事や。平岡詞「そも公の放鳥とは。何といひ たる事やらん。シテ詞「いつぞや内裏にて四 鶏の祭とて。さばへなす神を祭りつけ。都 の四方の関々に。鳥獣を放されし。其う ち一つの鳥なれば。公鳥とは申すなり。 平岡「さてその鳥は何くの関に。放ち置か せ給ひけるぞ。シテ詞「一つは逢坂一つはこ の。鳥も紅葉の竜田山。平岡「神の白ゆふ

掛けし故に。ゆふつけ鳥とは異名の鳥。 シテ「又その外も名をかへて。平岡「あるひ はくだかけ。シテ「又はかけ鳥。平岡「さま ざまに名を。シテ「ゆふつけの。地「とりど りにかはるその名の竜田山。/\。夜半 にあらねど鶏を。人に取られて行く道は。 別の鳥ぞかしあら。恨めしの鶏や。さ りとては人々よ。その鳥返し給ひなば神 も守らせ給ふべし神も守らせ給ふべし。 地クリ「抑この竜田の明神と申し奉るは。神 は何れと申せども。分けて利生もいちは やき。滝祭にておはします。シテサシ「然れば 霊験あらたにて。末世の衆生の機を転じ。 地「思ひしるべのさへばなす。神の為とて 四鶏の一つに。此神を撰び奉り。シテ「こ こぞ竜田の山の陰に。地「御祓の鳥を。放 ち給ふ。クセ「然るに此処。宝の山も程近 く。神代の道も明らかに。国富み民も直 なるや。天の逆矛年ふりて。守の神と現

れて。君の代々まで曇らぬ。御代ぞ久し き。さればかゝるべき。鳥獣に至るま で。心あれとてゆふつけの。鶏の垂尾の 長き世の。例に今もなるとかや。シテ「か かる奇特を聞きながら。地「さなきだに竜 田山沖の白波名の立つに。主なき鳥とて 鶏を。捕らせて行かせ給ひなば。同じ かざしの名をおひて夜越えずとも竜田 路の。盗人と言はれて。後に悔ませ給ふ な。よしそれまでぞ我も又。さのみは言 はじ庭鳥の。八声も立てじ竜田山の。紅 葉の木蔭に入りにけり。紅葉の蔭に入り にけり。平岡「急ぎ家路に帰らうずるにて 候。中入「。 狂言「如何に申し候。御女房達のあしやの 前。俄に物に御狂ひ候ふが。以ての外に御 入り候ふ由申し候。若し鶏ばし憑きたる かとの御事にて候。平岡「思ひ合はする事 あり。汝は信貴山の阿闍梨の御房へ参り。

申し入れたき子細のある由申して。御供 申して来り候へ。狂言「畏つて候。如何に阿 闍梨の御房へ案内申し候。平岡殿より少 し申し度き事の候。急ぎ御出あれと申さ れ候。ワキ「九識の窓の前。十乗の床の辺 に。瑜伽の法水を湛へ。三密の月を澄ま す所に。案内申さんと云ふは如何なる者 ぞ。狂言「平岡殿より少し申し入れたき事 の候。急ぎ御出あれと申され候。ワキ「心 得申して候。さらばやがて参らうずるに て候。狂言「さあらば某お先へ参らうずる にて候。 ワキ「夫れ山伏といつぱ。役の憂婆塞葛城 や。高間の峰を踏み分けて。明王に逢ひ 奉り。莚も同じ苔衣を。片敷き伏し給 ひしより以来。山伏と之を名づけたり。 仮令如何なる悪霊なりとも。明王の索に かけば。など其験なかるべき。南無帰依 仏。地「ゆふつけの。鶏の垂尾の乱髪。心

も解けぬ。気色かな。後シテ「鶏すでに鳴い て。忠臣朝を待つ。君を守の御代のみさ き。疑ふ人は愚やな。あら恨めしの心や な。平岡「我ながら浮心はよりましの。 言の葉草の霜夜も明けて。シテ「月はさな がら白雪の。平岡「空に散り行く朝嵐。羽 音も冴えて打ち羽ふく。平岡「その塒には とまらずして。シテ「鶏寒うして木に登り。 地「鴨寒うして。水に入る。ワキ「見我身者 発菩提心。聞我名者断悪修善。聴我説者 得大智恵。知我身者即身成仏。シテ「行者 の加持力隙もなく。地「行者の加持力隙も なく。のけや/\と責めらるれども。 シテ「こなたは負けじ神のみさき。地「人に 逢はせて鶏の勝鬨作るを御覧ぜよ。 ワキ「不思議やな行者が目前に。化したる 女庭鳥を戴き。行者に帰れと宣ふぞや。 不動明王の索にかゝらぬ先に。早々帰り 給へ。シテ「何我を帰れとや。ワキ「中々の

事。シテ「あら愚やな行者達。神の使は帰 るべきか。ワキ「さればこそ怠り申さば神 慮。などか和光のなかるべき。シテ詞「いや 如何に云ふとも帰るまじと。しるしの御 幣おつ取れば。ワキ「そのみてぐらは命期 のしるし。詞「取りて悔ませ給ふなよ。 シテ詞「何をかさのみ悔むべき。祈らば祈れ 足引の。ワキ「山伏の行こゝなりと。シテ「重 ねて数珠を。ワキ「押しもんで。地「東方に 降三世明王。/\と珠数さら/\と押し もめば。シテ「恐ろしや東より。青色の 鬼神来つて出でよ/\と責め給ふぞや。

恐ろしとて南を見れば。シテ「南方軍荼利 夜叉の雲風吹いて眼に入れば。地「夕日の 影と共に西の方に歩み行けば。シテ「西方 大威徳明王の。水牛来つて怒をなせば。 地「こゝも叶はで北に廻れば。シテ「北方は 金剛夜叉。地「さて中央は。シテ「大聖不動。 地「明王の繋縛にかゝれば。/\。地神は 地より責め。天よりは梵王下つて行者は 下より飛ぶ鳥をも。落ちよ/\と祈られ て。忽ちに翼は落ちて。ありつる御幣は返 しつゝ。今より後は来るまじと。ゆふつけ 鳥か唐衣。/\。竜田の山にぞ帰りける。