ワキ詞「これは都方より出でたる僧にて候。 我未だ東国を見ず候ふ程に。此度思ひ立 ち陸奥の終までも修行せばやと思ひ候。 下歌「咲き匂ふ花の都を立ち出でて。月日 重ねて行く末は/\。上歌「秋風ぞ吹く白 河や。/\。こは陸奥の名をとむるしのぶ 文字摺我が忍ぶ。小萩は今ぞ宮城野の。露 をも頼む。宿かな露をも頼むやどりかな。 詞「あら嬉しや程なく宮城野にて候。承り 及びたる白河にて候ふ程に。心静かに一 見せばやと思ひ候。シテ詞「なう/\御僧。 何とて此野には佇み給ひ候ふぞ。ワキ詞「さ ん候これは都方より始めて来たりたる僧 にて候。折から小萩の面白きに眺め入り

て休らひ候ふよ。シテ「扨は都の人にて候 ふぞや。さもあらば竜田初瀬の紅葉は。 見ねども歌人は知るなれば。宮城野の小 萩をも都にて御覧じ候ふべし。ワキ「実に 恥かしき詞かな。かゝる東の終にしも。や さしき人のあるよなう。シテ詞「うたてや都 の人ばかり。情の心あるべきや。いづくも 同じ春秋の。ワキ「月と花とは。シテ「隔なく て。地「眺むる人の心には。/\。花も紅 葉も月も雪も。皆折にあふよすがにて。 情にあらずや。実にも他生の縁ありて。 一夜かり寝の野道までも。名残ありける。 心かな名残ありける心かな。ロンギ地「実に 面白き言の葉の。花のよしある人ならめ

御名を名のり給へや。シテ「我が名を何と 夕露の。草のかげ野に咲き添ふる花一時 の姿かな。地「不思議や花の一時の。姿と 聞けばなほ更に。いかなる人におはすら ん。シテ「さのみは何と夕映の。花に置く なる露の玉。移らふ末を問ひ給へ。地「移 らふものは世の中の。人の心の。シテ「花 の名を。地「名のるもよしなや。よしや草 木国土まで。皆成仏の姿なりと。云ひ捨 てゝそのまゝ草隠れにぞなりにける。草 隠れにぞなりにける。ワキ詞「さては小萩の 精かりに現れ。我に詞をかはしけるよ。 有情非情をへだてざる。回向をなしてい ざさらば。待謡「草木までもうかべんと。 /\。小萩がもとに夜もすがら露に宿 かる月影を。よき灯と一筋に。御経読誦 なしにけり御経を。読誦なしにけり。 後シテ「秋萩の下葉。移らふ。今よりや。ひ とりある人の。寝ねがてにする。如何に

御僧。草の枕の露霜を。いかゞ払はせ給 ふらん。ワキ「不思議やなかり寝の野辺の 曙に。風うち匂ふ方を見れば。いとな まめける女性一人。佇み給ふはありつる 人か。シテ詞「誰とはいかゞ夕露の。消えぬ 程こそ我が姿。人にもまみえ申すべけれ。 ワキ「さては昨日の夕暮に。詞をかはせし その人は。小萩の精にてありしよなう。 シテ「恥かしながら我が姿。匂はぬ花の袖 をかざし。夢現とも長き夜の。地「月の影 にと。うつり舞。ワキシテ「ほの%\と。有 明の月の。月影に。地「紅葉も。まじる。 花衣。シテ「秋寒み衣。雁がねなくなんに。 地「萩の下葉は移ろひにけり。さながら色 も紫の。花の姿と現れしも。真は小萩の精 なるが。遥々きぬる。旅の心をちまたに交 はり。月に袖を触れ。慰め給へ。まれ人と。 云ふかと思へば。霧の籬。いふかと思へ ば霧の籬に。小萩ばかりぞ。残りける。