シテツレ次第「嵐を埋む松の雪。/\。木蔭や静 かなるらん。シテ「是は磯の前司が娘。静と 申す女にて候。二人「さるにても計らざる に義経に相馴れ。唐の吉野の山の奥まで は。御供申して有りしかども。妹背の滝の 中にも似ず。流かはりて契の末。それを 歎と思ひしに。鎌倉までの鄙の長路。よ しそれも飽かで別れし義経の。下歌「形見 に残る罪科と。思へば余所の恨無し。 /\。上歌「関の清水に影見えて。/\。 かゝらざりせば斯かる身に。逢坂の山越 えて余所に音あるさゝ波や。瀬田の唐橋 打ち渡り。野路篠原の草枕。夢に昔や帰 るらん。老曽の森と聞くよりも。いつを 限と白川や。はや鎌倉に着きにけり。 /\。ワキ頼朝「いかに静。扨も汝は情深き

者にて。義経に芳野の奥まで具足しける とな。さあらば義経に与みしたる者ども 国々に有るべし。包まず真直ぐに申し候 へ。シテ「仰委しく承り候さりながら。女の 身には習なき籠輿の禁。余りに情なき事 をも御巧み候ふものかな。返す%\も御 うたてしうこそ候へ。ワキ「扨は頼朝を深 く恨むるよな。一旦は道理に似たれども。 朝敵なれば討手を向けて滅亡せり。静が 罪過は遁るまじ。シテ「いかなる罪過も義 経の。御為ならば恨なし。ワキ「何と問へ ども口無の。シテ「言はぬ思の苦しきに。 疾く失はせ給へやと。君の御前に参りつ つ。涙ながらに頼朝を見れば。義経の御 面影の残るぞや。実にや栴檀は。二葉よ りこそ匂ふなれ。片枝は残り片枝の。散

りにし花ぞ恋しき。/\。ワキ「いかに実 平。静は隠なき舞の上手なり。若宮殿の 御前にて。法楽の舞一さしと申し候へ。 実「如何に静御前。御身は隠なき舞の 上手なり。若宮殿の御前にて。舞一さ しと御諚にて候。シテ「なう何のいみじ さに舞をば舞ひ候ふべき。思も寄らぬ 事にて候。実「歎の中の舞の所望。謂な きには似たれども。この直衣烏帽子は。 義経の着馴れ給ひし御けしなれば。神明 仏陀も納受あるべし。よしかれこれもし ようなき人に添ふと思し召して。先々之 を着給へとて。烏帽子直垂打ち懸けけり。 シテ「静はこれぞ着馴れし人の。懐しきまゝ に身に添へて。涙ながらに立ち上る。 ワキ「花の都に隠なき。静と云ひし白拍 子。シテ「時の見物何か実に。ワキ「このみ ぎんには優るべき。シテ「その香ぞ残る橘 の。昔覚ゆる形見かな。実に面影に橘

の。袖や涙を残すらん。げにやそうら んもせんとすれば。秋の風之を破る。王 者直ならんとすれば。讒臣国を乱すとは。 今この時の譬かや。シテ「上に居て奢ら ざれば賢王の聖徳。地「下として乱らざる 時は。天下危き所なし。シテ「義経随分の忠 を致すといへども。地「讒臣の諫を用ひ給 ひ。正しき兄弟を討たせ給ふ御事。シテ「六 親不和にましまさば。地「三宝の加護も如 何ならん。曲「痛はしや義経は。いかにも 祖父の会稽に。清盛を討つて源の。家を 興さん謀の。千里の外までも。廻る車 の因果にて。攻められし平家を西海のは てに責め落し。寿永元年の春風の。梢に 絶えぬ山桜。散り%\に成り果てゝ。思 ふ事なき所に。か程の忠をさし措き。不 興し給ふうたてさよ。その後亀井片岡。 その外の人々。我等命を捨てゝこそ。奢 る平家を減ぼし。鎌倉殿に頼朝をなし申

すべき忠勤も。徒らの讒奏御持用あらば よしなや。シテ「いざ鎌倉に乱れ入り。 地「讒臣を討ち取らんと。勇み詈る此由 を。義経聞し召されて。何事あらば頼朝 の。仰を背くべきものかと。とゞめ給へ ば力なく。とまりけるこそ無念なれ。 シテ「日性盛なれども雲蔽ひぬれば暗し。 地「花尊しといふとも風破りぬれば物に あらず。義経心は賢けれども。讒臣のち うとに帰り。兄弟連枝の容顔の。引きか へ今はよしなや義経。あら定なの世の中 や。類なや/\。是程面白き静の舞に。 安達に鼓を打たせばやと。皆面々に忍び 給へば。安達「これに候。地「安達の三郎こ れに候と。申しもあへず御前につつと。 上ると見えしが。鼓おつ取りうてば舞ひ。 舞へば打ち。花を散らし打返す舞の。袂 も鼓も劣り優りは見えざりけり。さる程 に/\時移り事去つて。静は舞を納め給

へば。安達は鼓を側に挟みて。御暇申し て帰る有様。見る人聞く人押しなべて。

誉めぬ人こそなかりけれ。/\。