高風 猩々

ワキ詞「これは唐土かね金山の麓。揚子の里 に高風と申す民にて候。さても我親に孝 あるにより。或夜不思議の夢を見る。揚 子の市に出でて酒を売るならば。富貴の 身となるべしと。教のまゝになす業の。 時去り時来りけるにや。次第々々に富貴 の身となりて候。詞「又こゝに不思議なる 事の候。市毎に来り酒を飲む者の候が。 盃の数は重なれども。面色は更にかは らず候ふ程に。余りに不審に存じ。名を

尋ねて候へば。海中に住む猩々とかや申 し候程に。今日は潯陽の江に出でて。 かの猩々を待たばやと存じ候。歌「潯陽の 江の辺にて。/\。菊をたゝへて夜もす がら。月の前にも友待つや。又傾くる盃 の。影をたゝへて待ち居たり/\。 地下端「老せぬや。/\。薬の名をもきくの 水。盃も浮み出でて友に逢ふぞ嬉しき。 此友に逢ふぞうれしき。シテ「御酒と聞く。 地「御酒と聞く。名も理や秋風の。シテ「吹

けども/\。地「さらに身には寒からじ。 シテ「理や白菊の。地「理や白菊の。着せ綿 を温めて。酒をいざや汲まうよ。シテ「客 人も御覧ずらん。地「月星は隈もなき。 シテ「処は潯陽の。地「江の内の酒盛。シテ「猩 猩舞を舞はうよ。地「芦の葉の笛を吹き。 波の鼓どうと打ち。シテ「声澄み渡る浦風 の。地「秋の調や残るらん。中ノ舞「。

シテ「有難や御身心すなほなるにより。此 壺に泉をたゝへ。唯今返し与ふるなり。 よも尽きじ。地「よも尽きじ。万代までの 竹の葉の酒。汲めども尽きず。飲めども 変らぬ秋の夜の盃。影も傾く。入江に枯 れ立つ足元はよろ/\と。ゑひに臥したる 枕の夢の。覚むると思へば泉はそのま ま。尽きせぬ宿こそ。めでたけれ。