鮫人の精(前ハ童子) 里人

ワキ詞「これは唐土合甫と申す處に住まひ する者にて候。今日は日もうらゝに候ふ 程に。浦に出て釣するを眺めばやと存 じ候。狂言シカ%\ シテ一セイ「わたづみの。そこともいさや白浪 の龍の都を。出づるなり。詞 いかにこの

屋の内に主やまします。一夜の宿を貸し 給へ。ワキ「日もはや暮れて戸ざしつるに。 宿とは誰にてましますぞ。シテ「よし誰 なりともその情に。一村雨の雨宿。一 夜の宿を貸し給へ。ワキ「叩く水鶏の外面 に立つや久方の。埴生の小屋に小雨降

る。シテ「床冴えぬれば。ワキ「我妹子が。 地上歌「ひぢ笠の。雨は降り来ぬ雨宿。雨 は降り来ぬ雨宿の。頼む木蔭かや。一 樹の蔭の宿も。此世ならぬ契なり。一 河の流を汲みて知る。合甫の浦の江のほ とり魚類もなどや命恩のその情をば知ら ざらん/\。 ワキ詞「何と見申せども更に人間とは見え 給はず候。名を御なのり候へ。シテ「今は 何をか包むべき。われは鮫人といへる魚 の精なり。命をつがれ参らせし。報謝の 為に来りたり。我が泣く涙の露の玉。絶 えぬ宝となるべきなり。地「鮫人涙に。玉 をなして命恩を。宝珠を猶も捧げて合甫 にも入らせ給へと前なる。渚の波の上に。 いるよと見えつるが。白魚となつて其侭 に。ひれふして失せにけり跡ひれふして 失せにけり。来序中入。 後シテ「龍女は如意の宝珠を釈尊に捧げ。変

成就の法をなし。地「奈落や奈落の底の。 白魚なれどもなど命恩を。報ぜざらんと。 波立ち騒ぎ。潮うづまいて。うたかたの上 にぞ現れたる。舞働。シテ「是こそ真如の玉 の緒の。地「これこそ真如の玉の緒の。寿

命長遠息災延命の宝の玉は。当来まで の。二世の願も。成就なるべしこれまで なりや。織りつる綾の。浦は合甫。玉は 二度かへる波の。千秋万歳の宝の玉は。 /\。合甫の浦にぞをさまりける。