牛若丸  従者  関東?原?与市  従者 <490c> シテツレ二人次第「身はさだめなきうたかたの/\ 消えぬぞ恨なりける。シテ「これは義朝の 末の子。牛若とは我が事なり。さても此度 平家の栄。安芸守清盛が子供。一寺の賞 翫他山のおぼえ。立ち交はるも口惜しけ えば。二人「東とかやに下らんと忍びて出 づる鞍馬寺。上歌「心つくしの春の夜の。 /\。行方も知らぬ旅衣消えぬ限りは白雲 の。野山を分けて美濃国山中に早く着き にけり山中に早く着きにけり。ツレ詞「御急 ぎ候ほどに。これは早美濃国山中と申 す在所に御着にて候。是より東へは程遠 く候程に。御心静かに御下向あれかし と存じ候。シテ「げにこれは尤なる。さら ば心静かに下らうずるにて候。狂言シカ%\ ツレ「唯今の早打を能々聞き候へば。関原 与市が美濃国中川庄を公方より給はりて。 唯今入部仕ると申すか。是は一大事の御 事にて候。此由我が君に申し上げうずる <491a> にて候。いかに申し上げ候。関原与市美 濃国中川の庄を賜はりて。唯今入 部仕り候ふ所に。かの在所に柵を引き。城 郭かまへる由申し候ふ間。手勢七十騎 にてだゞ今かの在所へさしかけ候。偖も 当国中川の。其城郭を落さんと。ワキツレ「ま だ夜深きに関原の。/\。山の岩かど踏み ならし。駒の打ち続く武士の。猛き心をしる べにて。急ぎて行けば程もなく山中に早 く着きにけり山中に早く着きにけり。 ワキ詞「急ぎ候ふほどに。これは早山中と申 す在所にて候。いかに誰かある。ワキツレ「御前 に候。ワキ「いまだ中川へは程遠く候ふ間。 <491b> 人馬に息をつがせ候へ。ワキツレ「畏つて候。 シテ「不思議や見れば侍なるが。旅の衣に 馬の蹴上を懸くる事。存外なる振舞なり。 いかに与市。馬乗り得ずはおりて下人 にひかせ候へ。ワキツレ「いかに申し上げ候。 あれなる冠者が申す事には。与市殿馬乗 得ずは。おりて下人にひかせよと申し候。 ワキ「何と申すぞ。近頃にくき事を申す者 かな。急ぎ其冠者討ち取つて。けふの軍 の血祭にせよと。与市が下知に従ひて。 地「究竟の兵七十四騎。/\。切先を揃 へて切つてかゝれば牛若すこしもさわが ずして。シテ「しづ/\と太刀ぬきそば <491c> め。地「しづ/\と太刀ぬきそばめ。敵を 手近く待ちかくれば。我も/\とかゝる 敵を左手にうち伏せ右手に切りふせ。蝶 鳥稲妻石の火の。見あへぬ程にきり給へ ば。嵐に木の葉の散る如く。大勢乱れ散 つて。四方へばつとぞ逃げたりける。其時 与市は怒をなして。/\。もの/\しあれ 程の小姓一人を手並にいかでもらすべき と。駒かけ寄せてえいやとうつ太刀を。 飛びちがひ切り落し駒引き寄せて。ゆら りと打ち乗り。太刀さしかざし。我は知ら ずや源の牛若と。名のりのゝしり美濃の 中道。東路さしてぞ下りける。