慈童仙人 漢皇帝臣下

ワキ次第(三人)「山より山の奥までも。/\。道あ るや時代なりけり。ワキ詞「そも/\これは 漢の皇帝の臣下なり。偖も此程南陽の〓{レキ}

県の山の麓より。薬の。水流れ出づ。其 水上を見て参れとの宣旨を被り。唯今山 路に赴き候。道行三人「心なき。山がつまでも

たふとみて。山賎までもたふとみて。迎 へ靡くや草恙さへもなくして速に。分け つゝ行けばほどもなく。尋ぬる山に着き にけり/\。ワキ詞「これは早〓県の山に着 きて候。此谷川は薬の水にて候ふべし。 岸に添ひて水上を尋ねばやと存じ候。 シテサシ「山・〓〓{イダ}として霜侵せる紅樹。水・〓回{エイカイ} として露潤す黄菊。あら面白のをりか らやな。ワキ「不思議やな。是なる菴の内 を見れば。いと美しき童子あり。そも御 身はいかなる人ぞ。シテ「われは周の代に 慈童といつし者なり。さて又御身は何の ため。この深山には分け入り給ふぞ。 ワキ「これは漢の皇帝の臣下なるが。薬の 水の水上を尋ねよとの宣旨を被り来りた り。まづ/\かの周の代は。八百年の昔 なるに。しかも妙なる童子の姿。こはそ もいかなる事やらん。シテ「われ古あや まつて。御枕を越えしによりこゝに移さ

る。然れども我が君猶浅からぬ御恵。御 枕に妙文を記しまして賜はりぬ。されば われこの水を以て。菊の葉にかの妙文 を写し流に浮むれば則ち葉の水となつ て。寿命を延ぶるのみならず。神道を得 て。楽のみに暮せるなり。詞「まづ/\こ れなる御枕。拝み給へや人々よ。ワキ「こ れは不思議の事なりと。各立ち寄り御 枕の。妙文を拝し奉る。シテ「いで/\舞 楽を奏しつゝ此まれ人を慰めんと。 地上歌「西に向ひてうち招けば。/\。崑崙 山に住居なす。王母にかしづく仙女の数

数楽器を手に手に携へて。雲に乗じて忽 ち来り。聞きもなれざる仙薬を奏せば。 慈童は立ち出でて。舞をかなづる姿も。 たをやかにおもしろや。楽「本より薬の水 なれば。/\。其身も変らず八百歳を。既 に経たりや猶ことぶきは。限あらじな。 限あらじな此御楽を。奉らんと。玉の甕 を取り出でて。薬の水をみづから汲み入 れ勅使にこれを捧げつゝ。処は〓県の山 路の菊の水。汲めや掬べや飲むとも尽き じ。汲めや掬べや飲むとも尽きせぬ。齢 を延ぶる。めでたさよ。