姫君 鳥の霊 内の女夕霧

狂言「これは住吉の神主殿の姫君の御めの とにて候。養君の御寵愛の鶏の御座 候ふが。余りに美しう雪の様に白う候ふ とて。初雪と名づけられ。自ら預り飼ひ 育て申し候ふが。以前より隙入り申し候 ふまゝ。餌をかひ申さず候。餌をかひ申さ うずると思ひ候。とゝ/\あら不思議や。 いづかたへ行きて候ふやらん見え申さず 候。とゝ/\/\。シテ「何と初雪が空し くなりたると申すか。こはいかにさしも 手なれし初雪の。跡をも見せでそのまゝ

に。消えぬる事の悲しさよ。さればこそ過 ぎにし夜半に見し夢の。心にかゝる事の ありしも。扨は此鳥の上にてありけるぞ や。あら無慙の事やな。地下歌「現とも夢と も更におもほえず。上歌「かくばかり驚く べきにあらねども。/\。思ひかけざる歎 故。胸の火は焦れて袂の乾く隙もなし。今 はかたみもあらばこそ。書き置く文字の 姿まで鳥の跡とてなつかしや鳥の跡とて なつかしや。クセ「むざんやな此鳥の。かひ ごを出でて程ふれば。其かたち妙にして

色はさながら雪なればやがて初雪と名づ けつゝ。影身の如くなれ/\しに。恋路 にはあらねども別の鳥となりにけり。 シテ「今は思ふにかひぞなき。地「歎をとゞ めてひとへに。心をひるがへし。弥陀の 誓を頼みつゝ。とぶらふならば此鳥も。 などかは極楽の台の縁とならざらん。 シテ「いかに夕霧のあるか。扨も初雪が不 便さはいかに。今は歎くとも此鳥の帰る 事はあるまじ。此あたりの上臈たちを集 め。一七日とぢ籠り。この鳥の跡を弔は ばやと思ふはいかに。狂言シカ%\「。ツレ「実 にありがたき弔の。/\。心もすめるを りからに。鳬鐘をならし声々に。南無阿 弥陀仏弥陀如来。地「あれ/\見よや不思 議やな。/\。半天の雲かと見えつるが。 雲にはあらで。さも白妙の初雪の。翅を たれて。飛び来り。姫君に向ひ。さもな つかしげに立ち舞ふ姿実にあはれなる。

気色かな。中ノ舞「。シテ「この念仏の功力に ひかれて。忽ち極楽の台にいたり。八功 徳池の汀に遊び。鳬雁鴛鴦に翅をならべ。 七重宝樹の梢にかけり。楽更に。尽き

せぬ身なりとゆふつけ鳥の。羽風をたて て。しばしが程は飛びめぐり。/\て。 行方もしらずなりにける。