男(又ハ僧ニモ) 百万の子 百万

ワキ次第「竹馬にいざやのりの道/\。誠の 友を尋ねん。詞「これは和州三芳野の者 にて候。又これに渡り候ふ幼き人は。南 都西大寺のあたりにて拾ひ申して候。此 頃は嵯峨の大念仏にて候ふ程に。此幼き 人をつれ申し。念仏に参らばやと存じ 候。狂言シカ%\「。シテ詞「あら悪の念仏の拍子 や候。わらは音頭を取り候ふべし。南無

阿弥陀仏。地「南無阿弥陀仏。シテ「南無阿 弥陀仏。地「南無阿弥陀仏。シテ「弥陀頼む。 地「人は雨夜の月なれや。雲晴れねども西 へゆく。シテ「阿弥陀仏やなまうだと。 地「誰かは頼まざる誰か頼まざるべき。 シテ「これかや春の物狂。地「乱心か恋草の。 シテ「力車に七くるま。地「積むとも尽 きじ。シテ「重くとも。ひけやえいさらえ

いさと。地「一度に頼む弥陀の力。頼めや たのめ。南無阿弥陀仏。 地歌「げにや世々ごとの。親子の道にま とはりて。/\。なほ子の闇を晴れやら ぬ。シテ「朧月の薄曇。地「わづかに住める 世になほ三界の首枷かや。牛の車のとこ とはに何くをさして引かるらんえいさら えいさ。シテ「輓けや/\此車。地「物見な り/\。シテ「げに百万が姿は。地「本よりな がき黒髪を。シテ「荊棘のごとく乱して。 地「旧りたる烏帽子引きかづき。シテ「又眉 根黒き乱墨。地「うつし心か村烏。シテ「憂 かれと人は。添ひもせで。地「思はぬ人を 尋ぬれば。シテ「親子のちぎり麻衣。地「肩 を結んで裾にさげ。シテ「すそを結びて肩 にかけ。地「筵片。シテ「菅薦の。地「みだれ 心ながら南無阿弥陀仏と。信心をいた すも我が子に逢はんためなり。シテ「南無 や大聖釈迦如来。我が子に逢はせ狂気を

とゞめ。安穏に守らせ給ひ候へ。 子詞「いかに申すべき事の候。ワキ「何事に て候ふぞ。子「これなる物狂いをよく/\ 見候へば。故郷の母にて御入り候。恐れ ながらよその様にて。問うて給はり候へ。 ワキ「これは思いひもよらぬ事を承り候ふも のかな。やがて問うて参らせうずるにて 候。いかにこれなる狂女。おことの国里は いづくの者ぞ。シテ「これは奈良の都に百 万と申す者にて候。ワキ「それは何故かや うに狂人とはなりたるぞ。シテ「夫には死 して別れ。只一人ある忘形見のみどり子 に生きて離れて候ふ程に。思が乱れて候。 ワキ「さて今も子といふ者のあらば嬉 しかるべきか。シテ「仰までもなしそれ故 にこそ乱髪の。遠近人に面をさらすも。 もしも我が子に廻りや逢ふと。車に法の 声立てゝ。念仏申し身を砕き。我が子に逢 はんと祈るなり。ワキ「げに痛はしき御事

かな。誠信心私なくは。かほど群衆の其 中に。などかは廻り逢はざらん。シテ詞「う れしき人の言葉かな。それにつきても身 を砕き。法楽の舞を舞ふべきなり。囃し てたべや人々 よ。忝なくも この御仏も。 羅〓{ゴ:文字鏡067442}為長子と 説き給へば。 地次第「我が子 に鸚鵡の袖な れや。親子鸚 鵡の袖なれや 百万が舞を見 給へ。シテ「百 や万の舞の袖。我が子の行方。祈るな り。イロエ「。 シテクリ「げにやおもんみれば。何くとても 住めば都。地「住まぬ時には故郷もなし。

此世はそも何くの程ぞや。シテサシ「牛羊径街 にかへり。鳥雀枝の深きに集まる。地「げ に世の中はあだ浪の。よるべは何く雲水 の。身の果いかに楢の葉の梢の露の故郷 に。シテ「憂き年月を送りしに。地「さしも 二世とかけし中の。契の末は花かづら。 結びもとめぬあだ夢の永き別れとなり果て て。シテ「比目の枕。敷波の。地「あはれは

かなき。契かな。 クセ「奈良坂の。児の手柏の二面。兎に も角にも侫人の。なき跡の涙越す。袖の 柵隙なきに。思重なる年波の。流るゝ 月の影惜しき。西の大寺の柳蔭みどり子 のゆくへ白露の。起き別れていづちとも 知らず失せにけり。一方ならぬ思草。葉 末の露も青によし。奈良の都を立ち出で て。かへり三笠山。佐保の川をうち渡り て。山城に井出の里玉水は名のみして。 影うつす面影浅ましき姿なりけり。かく て月日を送る身の。羊の歩隙の駒。足に まかせて行く程に。都の西と聞えつる。 嵯峨野の寺に参りつゝ。四方の景色を眺 むれば。シテ「花の浮木の亀山や。地「雲に 流るゝ大井河。誠に浮世の嵯峨なれや。 盛過ぎ行く山桜嵐の風。松の尾小倉の里 の夕霞。立ちこそ続け小忌の袖。かざし ぞ多き花衣。貴賎群衆する此寺の法ぞ尊

き。かれよりもこれよりも。唯此寺ぞ有 難き。忝なくもかゝる身に。申すは恐なれ ども。二仏の中間我等ごときの迷ある。 道明らめんあるじとて。毘首羯磨が作り し赤栴檀の。尊容やがて神力を現じて。 天竺震旦我が朝三国に渡り。有難くも此 寺に現じ給へり。シテ「安居の御法と申す も。地「御母摩耶夫人の。孝養の御為なれ ば。仏も御母を。かなしび給ふ道ぞかし。 況んや人間の身としてなどかは母を悲し まぬと。子を恨み身をかこち。感歎し てぞ祈りける親子鸚鵡の袖なれや百万が 舞を見給へ。地「あら我が子。恋しや。立廻「。 シテ「これほど多き人の中に。などや我が 子の無きやらん。あら。我が子恋しや。我 が子給べなう南無釈迦牟尼仏と。地「狂人

ながらも子にもや逢ふと信心はなきを。 南無阿弥陀仏。南無釈迦牟尼仏南無阿弥 陀仏と。心ならずも逆縁ながら。誓に逢 はせて。たび給へ。 ワキ「余りに見るもいたはしや。これこそ おことの尋ぬる子よ。よく/\寄りて見 給へとよ。シテ「心強や。とくにも名乗り 給ふならば。かやうに恥をばさらさじも のを。あら恨めし。とは思へども。地「た ま/\逢ふは優曇華の。花待ち得たり夢 か現か幻か。 キリ地「よく/\物を案ずるに。/\。か の御本尊はもとよりも。衆生のための父 なれば。母もろともに廻り逢ふ。法の力 ぞ有難き。願も三つの車路を。都に帰る 嬉しさよ/\。