随身(能ニテハ二人) 惟光 源氏の君 侍女(能ニテハ三人) 明石の上 住吉神主

ワキ詞「これは摂州住吉の神主。菊園の何 某にて候。さても此頃都において誉なら び無き光源氏。さる宿願の子細あつて。 当社御参詣と仰せ出され候ふ程に。社人 どもを召し出し社内をも清め。其心得を なすべき由申しつけばやと存じ候。 惟光立衆一声「小車の。轅も続く都路の。直に治 まる時世かな。惟光サシ「抑これは誉世に超 え威光曇らぬ。光源氏にておはします。 さても此君頼をかけし。住吉の神に所願 を満てんと。惟光立衆「けふ思ひ立つ旅衣。薄 き日影も白鳥の。鳥羽の恋塚秋の山。過 ぐればいとゞ都の月の。面影隔つる山崎 や。関戸の宿も移り来ぬ。下歌「払はぬ塵

の芥川。猪名の笹原分け過ぎて。上歌「見 渡せば。薄霧まがふそなたより。/\。 ほの見えそむる村紅葉。これや交野に狩 り暮れて春見し花のそれならん。猶行先 は渡辺や。大江の岸による波も。音立ち 変へて住吉の。浦曲になるも程ぞな き。/\。 源氏サシ「聞きしに超えていよ/\ありがた き。神の誓も潔き。浦曲の浪の瑞籬の。 久しき御代を守り給へ。地上歌「日の本の。 神の誓はおしなべて。/\。和光同塵は。 結縁の御始。八相成道は利物のはてしな きまで国富み。民を憐む御心を誰かは仰 がざるべき/\。

ワキ詞「唯今の御参詣めでたう候。惟光「さ あらば祝詞を参らせられ候へ。ワキ「いで いで祝詞を申さんと。神主御幣を捧げつ つ。すでに祝詞を申しけり。謹上再拝。 敬つて白す神慮をすゞしめの神楽。八人 の八乙女。五人の神楽をのこ。颯々の鈴 の音。丁々の鼓の声々に。諷ふ榊葉の神 歌。幾久方の天地開闢。泰平諸人快楽。 福寿円満に守らしめ給へや。抑立つる所 の。諸願成就皆令満足。有難や。地上歌「来 し方の。御願に猶もうち添へて。/\。さ もありがたき神慮の。納受もかくやと感 涙肝に銘じけり。いよ/\悦の御盃。 神主に賜びければ。をりふし御供に河原 の。大臣の御例とて。内より賜はれる。童 随身其時に。お酌に立ちて慰の。今様 朗詠す。 随身「一樹の蔭や一河の水。地「皆これ他生 の縁といふ。白拍子をぞ奏でける。掛リ、中ノ舞「。

随身「われ見ても。久しくなりぬ。すみよ しの。地「岸の姫松幾代経ぬらん。地上歌「千 代万代の舞の袂。/\。いよ/\廻る盃 の。有明になる沖つ舟の。ほの%\明く る住吉の。浦より遠の淡路島。あはれは てなきながめかな/\。 シテ、ツレ三人一声「明石潟。月待つ方に行く舟の。波 しづかなる浦伝ひ。上歌「舟出せし。後の山 の山颪。/\。関吹き越えて行く程に。 須磨の浦わもいつしかに跡の名残もおし てるや。難波入江に寄するな る。波はさながら白雪の。津 守の浦に着きにけり/\。 ツレ女「松原の深緑なる木蔭よ り。花紅葉を散らせる如くな る。色の衣々数々に。のゝし りて詣づる人影は。いかなる 人にてあるやらん。惟光「これ は都に光君。過ぎにし須磨の

御願はたしに。詣で給ふといさ知らぬ。人 もありける不思議さよ。シテ「あら恥かし や光君と。聞くより胸うち騒ぎつゝ。い とゞ心も上の空の。惟光「月日こそあれけ ふこの頃。詣で来んとは。シテ「白露の。 地上歌「玉襷。かけも離れぬ宿世とは。 /\。思ひながらもなか/\に。此あり さまをよその見る目も恥かしや。さりと ては浦浪の。帰らば中空に。ならんも憂 しやよしさらば。難波の潟に舟とめて。

祓だに白波の。入江に舟をさし寄する。 ロンギ「不思議やな。ありし明石の浦浪の。 立ちも帰らぬ面影の。それかあらぬか舟 かげの。信夫もじずり誰やらん。シテ「誰 ぞとは。よそに調の中の緒の。其音違は ず逢ひ見んの。頼めを早く住吉の。岸に 生ふてふ草ならん。源氏「忘草。々々。生 ふとだに聞く物ならば。其かね言もあら じかし。地「実になほざりに頼めおく。そ の一言も今ははや。源氏「ありし契の縁あ らば。地「やがての逢瀬も程あらじの。心 は互に。変らぬ影も盃の。度重なれば惟 光も。惟光「傅御酌をとり%\の。地「酔に 引かるゝ戯の舞。面はゆながらもうつ りまひ。中ノ舞(序ノ舞ニモ)「。 シテ「身をづくし。恋ふるしるしにこゝま でも。地「めぐり逢ひける。縁は深しな。 シテ「数ならで。難波の事もかひなきに。 何みをづくし思ひ初めけん。互の心を夕

汐満ちきて。地「入江の田鶴も 声をしまぬほど。哀なるをり から。人目もつゝまず逢ひ見 まほしくは。思へども。はや 漕ぎ離れて。行く袖の露けさ も。昔に似たる旅衣。田蓑の 島も。遠ざかるまゝに。名残 もうしの車にめされて。のぼ れば下るや稲舟の。舟影もほ の%\と明石の浦曲の舟をし思ひの。

別かな。