静御前 佐藤忠信 衆徒

ワキ詞「これは都道者にて候。衆会の御座 敷とも存ぜず候御免あらうずるにて候。 狂言「さては都人にて候ふか。判官殿の御 行くへをば何と申し候ふぞ。ワキ「上は御 一体なれば。終には御中直らせ給ふべき よし申し候。狂言「さていかやうにて御落 ありたると申し候。ワキ「十二騎とこそ承 つて候へ。狂言「十二騎ならば追つかけ討 ちとめ申さう。ワキ「暫く。十二騎と申す

とも。余の勢百騎二百騎にも向ふべし。 かやうに申すは都の者。当山を信じ参る 上は。いかにも御寺も宿坊も。難なくお はしませかしと。思へばかやうに申すな り。此上はともかくも。地上歌「御はからひ ぞ吉野山。/\。よしなき申しごと。洩れ 聞えなば判官の。後のとがめも恐ろしや 御暇申し候はん/\。 シテ、アシラヒ出「さても静は忠信が。その契約を

違へじと。舞の装束ひきつくろひ。忠信 遅しと待ち居たり。ワキ詞「これは都道者に て候ふが。法楽の舞の由承り。下向道 を忘れて候。はや/\舞を始め給ふべし。 シテ「都の人と聞けばなつかしや。判官御 道せばきこと。世上の聞いかなるぞ。都 人こそ知るべけれ。ワキ詞「終には御中直ら せ給ふべしと。聞くより人々先非を悔い て。皆々恐れ申すなり。シテ「偖は嬉しや 委しくも。知らせ給ふか都人。ワキ詞「あま りに事延び時移りぬ。心得給へ舞の袖。 シテ「げになう語多き者は品すくなし。か やうにわれら言の葉過ぎば。なか/\人 も怪みて。もしもそれとか三吉野の。か つて知らすな。一セイ静かに囃せや静が舞 に。地「衆徒も時刻や移すらん。シテ「神こ そ納受ましますらめ。地「げにこの御代も 静がまひ。 シテサシ「しかるにかの判官は。神道を重んじ

朝家を敬ひ。地「ひとへに忠勤を抽んで て。 私の心さらになし。シテ「人は讒し申 すとも。地「神は正直の頭に宿り給ふなれ ば。静が舞の袖に。暫くうつりおはしま し。我が君を守り給へと。祈るぞあはれ なりける。クセ「そも/\景時が。その讒 言の水上を。思へば渡辺や。流るゝ水に 満潮の。逆櫓立てんと浮舟の。梶原が申 しごと。よも順義には候はじ。されば義 経はすぐに修めし三吉野の。神の誓の真 あらば。頼朝も聞しめし。直され・義経{ぎけい}。ふ せつの勅を受け。洛陽の西南は。これ分 国となるべし。さあらば当山の。衆徒悉 く参洛し。帰依渇仰の御袖に。恵をいだ き給ふべしあなかしこ不忠なし給ふな御 科は候はじ。シテ「たゞし衆徒中に。ひと り憤深うして。地「進みて追つかけ給 ふとも。その名きこゆる人々を。討ちと どめ申さんは。片岡増尾鷲の尾さて。忠

信はならびなき。精兵ぞよ人々に。防矢射 られ給ふなと。語ればげには衆徒中に。 進む人こそなかりけれ。 シテ「賎や賎。序ノ舞(又ハ中ノ舞)「。ワキ「賎やしづ賎の苧 環繰り返し。地「むかしを今に。なすよし もがな。あまりに舞の。面白さに。時刻 を移して。進まぬもありけり。又は判官 の武勇に恐れてよし義経をば。おとし申 せと詮議を加ふる。衆徒もありけり。さる ほどに時移つて。主君も今は忠信が。は かりごとにて難なくはるかに。落し申し つ。心しづかに願成就して都へとてこ そ。帰りけれ。