旅僧 雪の精

ワキ次第「末の松山はる%\と。/\。行方 やいづくなるらん。詞「これは諸国一見の 僧にて候。我此ほどは奥州に候ひしが。 又思い立ち津の国天王寺へ参らばやと思 ひ候。道行「墨染の衣ほすてふ日も出で て。/\。そなたの雲も天ざかる。鄙に 馴れゆく旅の空。野に伏し山を分け過ぎ て。これぞ名におふ津の国や野田の渡

に着きにけり野田の渡に着きにけり。 地「急ぎ候ふほどに。これは早野田の里と かや申し候。あら笑止や。晴れたる空俄 に曇り雪ふり。東西を弁へず候。暫く此 処にて雪を晴らさばやと思ひ候。 シテ「あら面白の雪の中やな。/\。暁 梁王の園に入れば。雪群山に満てり。夜 〓公が樓に上れば。月千里に明らかなり。

我も真如の月出でて。妄執の雪消えなん 法の。恵日の光を頼むなり。ワキ「不思議 やなこれなる雪の中よりも。女性一人現 れ給ふは。いかなる人にてましますぞ。 シテ「誰とはいかで白雪の。唯おのづか ら現れたり。ワキ「我とは知らぬ白雪と は。さてはおとこは雪の精か。シテ詞「いや さればこそ我が姿。知らぬ迷を晴らし給 へ。ワキ「さては不思議や雪の女に。言葉 をかはすも唯これ法の。功力を疑ひ給は ずして。とく/\成道なり給へ。シテ「あ らありがたの御事や。妙なる一乗妙典を。 うたがふ心は荒金の。地「地に落ち身は消 えて。古事のみを思草仏の縁を結べか し。クセ「我とはいさや白雪の。積る思は いやましに。有明さむみ夜半の月。シテ「峯 の雪。汀の氷ふみ分けて。地「君にぞ迷ふ。 道は迷はじな津の国の。野田の川波高瀬 漕ぐ袖の柵ひぢまさり。岩にせかるゝ沖

つ船。やる方もなき我が心。浮べ給へや 御僧と。月にひるがへす花衣実に廻雪の 袖ならん。 シテ「朝ほらけ。野田の川霧。あさぼら け。序の舞「絶え%\に。地「あらはれわ

たる。シテ「姿もさすが白雪の。地「姿のさ すが白雪の。峯の横雲。シテ「立ちのぼる 東雲も。地「明けなば恥かし暇申して帰る 山路の梢にかゝるや雪の花。/\。又消 え。きえとぞなりにける。