昭明王の臣下 従者 海人の母 海人 富士の山神 天女

ワキ、ワキツレ二人、次第「大和唐土吹く風の。/\。音や 雲路に通ふらん。ワキ詞「是は唐土昭明王に 仕へ奉るせうけいと申す士卒なり。我日 本に渡り。此土の有様を見るに。山海草木 土壌までも。さながら仙境かと見えて誠 に神国の姿を顕せり。昔唐土の方士と云 つし者。日本に渡り。駿河国富士山に到 り。不死の薬を求めし例あり。我も其遺跡 を尋ねん為。唯今駿河国富士山に赴き候。

道行三人「唐土の空は雲居に隔て来て。/\。東 の国に至りても。なほ東路の末遠き海山 かけてはる%\と。日数を重ねて行く程に。 名にのみ聞きし富士の根や。裾野にはや く着きにけり。/\。ワキ詞「日を重ねて急 ぎ候ふ程に。これは早。富士の裾野に着き て候。御覧候へ。唐土にて聞き及びしよ りも。猶いやまさりて目を驚かしたる山 の景色にて候ふものかな。又あれを見れ

ば海人とおぼしき女性の数多来り候。か の者を相待ち事の子細をも尋ねばやと存 じ候。シテツレ二人、次第「砂長ずる山川や。/\。富士 の鳴沢なるらん。シテサシ「朝日さす高根のみ 雪空晴れて。野は夕立の富士颪。三人「雲も おり立つ田子の浦に。舟さしとめて蜑少 女の。通ひ馴れたる磯の浪のよるべ何処 に定むらん。実に心無き海士なれども。 処からとて面白さよ。下歌「松風の音信 のみに身を知るやすむ芦の屋の窓の雨。 上歌「うち寄する駿河の海は名のみにて。 /\。波静かなる朝和に。雲はうき島が原 なれど風は夏野の深緑。湖水に映る雪ま でも。妙なる山の御影かな/\。ワキ詞「い かにこれなる人々に尋ね申すべき事の 候。シテ詞「こなたの事にて候ふか何事にて 候ふぞ。ワキ「昔の唐土の方士といつし者。 此富士山に登り。不死の薬を求め得たる 例あり。其遺跡をば知り給へりや。シテ「実

に/\さる事のありしなり。昔鴬のかひ ご化して少女となりしを。時の帝皇女に 召されしに。時至りけるか天に上り給ひ し時。形見の鏡に不死薬を添へて置き給 ひしを。後日に富士の獄にして。其薬を 焼きしより。富士の烟は立ちしなり。 ツレ二人「然れば本号は不死山なりしを。郡 の名に寄せて。三人「富士の山とは申すな り。是蓬莱の。仙境たり。ワキ詞「扨は此山 仙境なるべし。先目前の有様にも。今は 六月上旬なるに。雪まだ見えて白妙なり。 これはいかなる事やらん。シテ詞「さればこ そ我が朝にても。不審多し。然れば日本 の歌仙の歌に。時しらぬ山はふじのねい つとてか。かのこ斑に雪の降るらん。是 三伏の夏の歌なり。ワキ「実に/\見聞く に謂あり。時にあたりてみな月なるに。 さながら富士は雪山なれば。時知らぬと は理かな。シテ詞「殊更今の眺の景色。浪も

揺がぬ四つの時。ワキ「暑き空にも雪見え て。シテ「さながら一季に。ワキ「夏。シテ「冬 を。地「三保の松原田子の浦。/\。何れ もあをみな月なるに。高嶺は白き富士の 雪を。実にも時知らぬ。山と詠みしも理 や。げにや天地の。開けし時代神さび て。高く貴き駿河の富士。実に妙なる 山とかや/\。地クリ「抑この富士山と申 すは。月氏七道の大山。天竺より飛来る 故に。則ち新山となづけたり。シテサシ「頂上 は八葉にして。内に満池をたゝへたり。 地「神仙人化の境界として。四季折々を 一時に顕し。天地陰陽の通道として。希 代の瑞験。他に異なり。クセ「凡そ富士の 嶺は。年に高さやまさるらん。消えぬが 上に。つもる雪の。見ればこと山の。高嶺 たかねを伝ひ来て。富士の裾野にかゝる 雲の上は晴れて青山たり。いづくより降 るやらん雲より上の白雪は。然れば此山

は仙境かくれ里の。人間に異なる其瑞 験も目のあたり。竹林の王妃として。皇 女に備はりて。鏡に経し薬をそへつゝ。別 るゝ天の羽衣の。雲路に立帰つて。神と なり給へり。シテ「帝其後かくや姫の。教 に従ひて。富士の高嶺の上にして。不死 の薬を焼き給へば。煙は万天に立ちのぼ つて雲霞。逆風に薫じつゝ。日月星宿 もさながら。あらぬ光をなすとかや。さ てこそ唐土の方士も。此山に上り不死薬 を。求め得て帰るなり。これわが朝の名 のみかは。西天唐土扶桑にも双ぶ山なし と名を得たる。富士山の粧。誠に上な かりけり。ワキ詞「富士山の謂は承り候ひ ぬ。さて/\あれに見えたる山はいかな る山と申すやらん。シテ「あれは愛鷹山と て富士に並べる高山にて。金胎両部を顕 せり。これ愛鷹の神前なり。ワキ「さて さて浅間大菩薩とは。取り分き何れの神

やらん。シテ詞「あう?浅間大菩薩とは。さの みは何といふ女の姿。地「恥かしやいつか さて。/\。其神体を顕して。誰にか見 えけん神の名を。さのみに現さば浅間の。 あさまにやなりけん。ふしの薬は与ふべ し。暫くこゝに待てしばし。芝山の雪とな つて。立ち上る富士の根行方しらずな りにけり行方しらずなりにけり。来序中入間「。 地「かゝりければ富士の御嶽の雲晴れて。 金色の光天地にみちて。明方の空は。明々 たり。後シテ出端「抑これは。富士山に住んで悪 魔を払い国土を守る。日の御子とは我が 事なり。詞「こゝに漢朝の勅使此処に来り。 不死の薬を求む。其志深き故。不老不死 の仙薬を。則ち彼に。与ふべしと。地「神 詫新たに聞えしかば。/\。虚空に音 楽聞えつゝ。姿も妙なるかくや姫の。 薬を勅使に与え給ふ。ありがたや。天女舞「。 地「簫笛琴箜篌孤雲の御声。/\。誠な

るかな富士浅間の唯今の影向。実にも妙 なる有様かな。楽「それ我が朝は粟散遍里 の小国なれども。/\。霊神威光を顕し 給ひ。悪魔を退け衆生を守る。中に異なる 富士の御嶽は。金胎両部の形を顕し。ま のあたりなる。仙境なれば。不老不死の 薬を求め。勅使は二神に御暇申し。漢朝 さして帰りければ。かくや姫は。紫雲に 乗じて富士の高嶺に上らせ給ひ。内院に 入らせおはしませば。なほ照りそふや。 日の御子の。姿は雲居によぢ上り。姿は雲 居によぢのぼつて。虚空にあがらせ給ひ けり。