西王母(前ハ男) 東方朔(前ハ老人) 帝王 侍臣

ワキサシ真ノ来序「面白や四時移り易くして。春過 ぎ夏暮れ今ははや。初秋の七日七夕の。 星の祭を急ぐなり。ツレ「帝の御殿は承華 殿。ワキ「さながら花の袖を連ぬ。ワキツレ「七宝 の台金銀の床に。君を始め奉り。ワキ「官 軍おの/\。ワキツレ「並み居つゝ。上歌地「御遊 をなして種々の。/\。楽尽きぬその 気色。音に聞く喜見城も。これにはいか で勝るべき。唯これ君の御威光。広き恵 はありがたや/\。 シテ、ツレ二人真ノ一声「治まれる。御代の光に数なら ぬ。身までも安き。住まひかな。ツレ二ノ句「恵

も広き此君の。二人「御影を頼む。ばかり なり。シテ「それ賢王の御代のしるし。五 日の風や十日の雨。二人「湿ふ四方の草木 まで。靡き随ふ。この時に。生れあふ身 は頼もしや。下歌「時しもけふは七夕の。 逢ふ瀬を急ぐ頃なれや。上歌「秋来ぬと。 目に見ぬ空はおのづから。/\。音かへ て吹く風の。袖も涼しきタまぐれ。靡く 稲葉の色までも。千年の秋のはじめか な/\。 シテ詞「如何に奏聞申すべきことの候。 ワキツレ「奏聞申さんとはいかなるものぞ。 シテ「これは此国の傍に住むものにて候 ふが。申し上げたき子細の候ひて参内申 して候。ワキツレ「さらば此方へ参り候ヘ。

シテ「これは此国の傍に住む者にて候ふ が。めでたき瑞相の御座候ひて参りて 候。此程三足の青鳥御殿の上を飛び廻り 候。これ西王母が寵愛の鳥にて候。即ち 西王母此君へ参礼申すべし。此事奏聞申 さん為に参りて候。ワキ「かゝるめでたき 事こそ候はね。尚々仙人の謂懇に物語 り候へ。 クリ「それ仙郷といつぱ。人間に交はら ず。松の葉をすき苔を身に着て。年は経 れども楽尽きず。飛行自在の通を得る。 シテサシ「忝くも悉達太子は。仙人に仕へお はしまし。地「採果汲水年を経て。終に成 道し給ひて。大聖世尊となり給ふ。クセ「然 るに仙人のその数。限も知らぬ中にも。 西王母と聞えしは。西方極楽無量寿仏の

化現なれば。はかりなき命の仙人となる ぞめでたき。されば園生に植うる桃の。 三千年に一度花咲き実なる此木の仙薬と なるぞ不思議なる。シテ「今は包まじわれ こそは。地「其名も世々に隠なき東方 朔と聞えしは。此老翁が事なり。君桃実 をきこしめさば。御寿命長遠に。御身 も息災なるべし。急ぎ王母を伴なひ重ね て参内申さんと庭上を立つて帰る波の。 声ばかり残りつゝ。形は雲に入りにけり 形は雲に入りにけり。来序中入。 後シテ出端「抑これは。仙郷に入つて年久し き。東方朔とは我が事なり。さてもれれ 西王母が桃実を度々服せし其故に。寿命 既に九千歳におよべり。彼の桃実を君に さゝげ申さんとの誓あり。いかにやいか に西王母。とく/\参内申すべし。地「不 思議や西の。空よりも。/\。白雲一村 下ると見えしが。三足の青鳥。翅をならべ

て。飛び廻り。姿も妙なる王母の出立。 光も輝く衣冠を着し。斑竜に乗じで顕れ 給ふ。まのあたりなる。奇特かな。 後ツレ「王母は庭上に歩み出て。地「王母は 庭上に歩み出でて。かの桃実を捧げ持つ て。上覧に備ヘ。奉れば。帝王御感の。 余にや。糸竹の調。数を尽し。皆一同に。 奏で給ふ。舞楽の秘曲は面白や。

上「舞楽も漸う時過ぎて。/\。夕陽西 に。傾きければ。おの/\君に。御暇申 し。帰らんとせしに。帝王名残を。惜み 給ひ。かさねて参内申すべしと。宣旨を 蒙り二人は伴出でけるが。王母は斑竜 にゆらりと打ち乗り遥の雲路に攀ぢ上 り。遥の雲路に攀ぢ上つて。又天上にぞ。帰りける。